定例研究会レポート

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乳房と脳
--人と動物からのメッセージ
2008年6月7日

乳房と脳

 
■問題提起  授乳から見た母子関係
  オーガナイザー:河田光博  運営委員
/京都府立医科大学 大学院医学研究科(解剖学・生体構造科学) 教授

■赤ちゃんがお乳を吸うと、母親に何がおきるか?
  樋口 隆  福井大学医学部 統合生理学教室 教授

■変貌する乳がん治療
  李 哲柱 京都第一赤十字病院 乳腺外科 部長  

■「おっぱい」がつなぐ命のバトン
  濱戸祥平 シープバレーくずまき(Sheepvalley KUZUMAKI) 代表

6月7日(土)ワコール本社ビル2階会議室にて、50名の方にご参加いただき開催いたしました。

■定例研究会レポート
『乳房と脳~人と動物からのメッセージ』について余話
京都府立医科大学 大学院医学研究科(解剖学・生体構造科学) 教授
乳房文化研究会 運営委員
オルガナイザー 河田 光博

 私はホルモンの研究をしています。とくに神経とホルモンの関係について、神経内分泌学という立場から30年近く研究を進めてきました。集積回路のような硬いイメージを抱かせる脳は、じつは軟らかく、水のなかに神経細胞が浸されているといっても過言ではありません。研究者のなかでも、このような構造について理解しようとしない人もいます。いわゆる頭が固い人達です。
 私は、神戸で生まれ育ったということ(開放的)、家庭環境がざっくばらんで次男であったこと(いつも二番であり、偉そうにしない)、大学で剣道ばかりやっていたお陰でいろいろな人と接することができたこと(多様な軟派、硬派の人脈)、医大を卒業したのに患者は看ずに解剖学に進んだこと(医者という道からはずれ、ものごとをじっくり考え、実験できる職)、米国や英国で研究活動を行うなかで、性やストレスという研究テーマに出会ったこと(性、ストレスにとどまらず、なぜ好ましい相手を求めるのか、社会的、個人的絆やその破綻はなぜ生まれるのかなど、21世紀の個人と社会にとって大切な研究テーマ)から、神経とホルモンというおかしな組み合わせの中に身をおくことになりました。
 人をはじめ、動物の行動(社会行動、生殖行動)において、ホルモンという物質がとても重要な働きをしていることがわかってきました。社会行動、生殖行動は生命を有するものが生きて行くにあたって、最も大切な脳の働きであると思われます。当たり前のことですが、私たち一人一人の存在は、両親の社会行動、生殖行動がなくてはあり得なかったものなのです。その仕組みをホルモンが制御している訳です。高次脳機能をひたすら好む脳の研究者は、ホルモンといったいわば下等な物質が、脳を支配する筈がない、いや仮にしていたとしても、それは高尚な学問的研究テーマではあってはならない、といった学者特有の拒否反応を示します。とくに日本ではその傾向が強いようです。
 かかわりと縁
 乳房文化研究会は、大学の同級生の加藤淑子さん(京都府済生会病院産婦人科部長)のご縁で関わりを持つようになりました。10年程前に、突然彼女から電話があり、オキシトシンというホルモンのアミノ酸配列を音符に変え、音楽にする、といった私たちの試みに興味を抱いたので、「音楽と乳房」といったテーマで講演会をやりましょうという依頼でした。当時、乳房文化研究会の事務局長をされていた小森さんの強いサポートもあり、講演会は大変ユニークな内容となりました。今般、「乳房と脳」というテーマで何か企画を、と新たに依頼を受けた時に、私の今までの環境を振り返り、何ができるかを考えてみました。
 神経内分泌学という領域で以前から研究を通して知己であった福井大学の樋口先生に、ホルモンとは何かを話していただこうとまず思いました。樋口先生は生理学の先生なので、(因果関係は、はっきりしませんが)物事の是非がはっきりされた性格の方で、しかも学者一般によく見られる「難解な言葉に酔う」ということがなく、話しをしていていつも明快な日本語が返ってくる先生でした。オキシトシンを中心に乳房の母性行動に関わりをもつホルモンについて、噛み砕いて丁寧に解説されるだろうと思い、迷いなく講演を依頼しました。
 大学の剣道部の後輩に李先生がいました。彼は卒業したのち外科医の道を選び、さらに乳腺を専門とするようになった人物です。2年程前に乳がんについていろいろと聞いた時に、よく勉強をしている外科医だなと感心したことを覚えていました。私が紹介した患者さんからの評判もよく、乳房切除によって患者の心境がどのように変わって行くのか、またそれをどう医者や医療チームがフォローしているのか、彼の口から聞きたくなった次第です。
 濱戸氏は、私が学生時代に、向日神社の中にある剣道場で教えていたときのちびっ子剣士でした。大きな眼でひたすら竹刀を持ってかかってくる小学生の濱戸君のイメージは、長く脳裏に焼き付いていました。そんな彼が大学を卒業して小岩井農場に勤めていると聞き、5年程前に岩手県に講演に行った際に、何十年ぶりかで再会しました。聞けば岩手の羊飼いとして多方面で活躍しているとのこと。また、彼自身の家にも多数の羊を放牧し、羊の養育についてはプロ中のプロであることを知りました。
 3人の講師の方は、以上のように私の実に個人的な関係から選ばさせていただきました。人となりを存じていましたので、どのような話しになるかは容易に想像できましたが、実際はその予想を大きく上回る素晴らしい講演内容でした。
 テーマ
 乳房と脳というテーマは、乳房文化研究会の究極の課題かも知れません。ペンフィールドという脳外科医は、手術をする前に、脳のどこの部位はどのように身体と関係しているのか、事前に知ろうと検査しました。その研究成果は、ペンフィールドの小人といわれるぐらい有名になりました。脳の各部位には身体の部分がそれぞれ投影されていて、まるで身体が小さくなったものがそのまま脳に宿っている、とする考え方です。残念なことに、ペンフィールドの図に、女性の乳房の投影部分は記載されていません。そんなこともあって、脳は乳房をどのようにとらえているのか、ずっと疑問が残っていました。それが、今回の乳房と脳というテーマの選定につながりました。
 乳房と脳の関係は簡単に結論は出せませんし、ますます研究の必要性が求められると思いました。そして、この研究会を通して感じたことは、三人の方々の人物イメージが私の脳の中にさらに広がりを持って深く入り込んでいったことです。
 人の縁というものは、齢を重ねるごとに絡み合い、思わぬところで顔をのぞかせてくれる、そんな気持ちを抱いた乳房文化研究会でした。

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