
日本の皆さん初めまして。広東ワコールで、ブラジャーを縫製する9つの班をまとめている徐風顔(シュ・フンイェン)といいます。この工場には、ちょうど10年前の5月23日に入社しました。
初めて日本で販売するメイン商品の縫い方を教わったときは、カップの設計が複雑でなかなかうまく縫えず、先輩の厳しい指導に「なぜそこまで?」と悔し泣きしながら縫っていました。やっと上手く縫えるようになって、本社から送られてきたサンプル通りに、立体的なカップのフォルムを作れたとき、厳しさの意味が分かりました。ひとつひとつのルールが積み重なることでブラがつくられる、そこまでするのが“ワコール製”だったのです。リーダーとして、メンバー全員が“ワコールのものづくり”の意義を知り、1ミリの違いも許されないことの「なぜ?」を理解して仕事ができるように、私自身も常に初心に戻った気持ちで皆に接しています。
私たちのつくった商品を身につけて、日本のお客さまにキレイになっていただくことが私たちの一番の喜びです。どの商品も、私たちが一つひとつ、ていねいに心をこめてつくっていますので、いつまでも大切に使い続けてくださいね。

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ワコールでは、お店でビューティーアドバイザーさんがお客様にフィッティングを行い、ぴったりのサイズの商品をおススメしています。もしお店に並んでいる商品の縫い上がり寸法が少しでも違っていたとしたら、商品に表示しているサイズでオススメできなくなってしまい、お客さまからの信頼も失われます。このことを繰り返し説き続けることで、モノづくりに対する厳しいルールも次第に理解されてきたそうです。

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大連ワコールのある経済開発区に、中国ワコールの商品を販売するデパートができたときのこと。地元では初めてのワコール商品売場とあって、自分たちのつくった商品が買われる様子をみたい!と、工場の皆さんがお店に殺到。全部で850名もいるのですから、お店の方がすっかり困ってしまったそうです。でも、皆さんそれほど嬉しかった!ということなんですよね。
日本の皆さん。李恵(リ・フイ)です。2001年の8月に入社して、現在はガードルやボディスーツを縫製する5つの班のリーダーをしています。
地元にはワコール商品を扱っているお店がなく、日本のワコールに出張したとき、京都のデパートのワコール売り場に広東ワコール製の商品が並んでいるのを見たときは感激でした。販売員さんにサイズを測ってもらったり、ブラをフィッティングしてサイズの合うものを選んでもらい、ワコール商品の素晴らしさも実感。そして、私たちが作った商品を探して、特別にお店で写真を撮らせてもらいました。お店で並ぶ商品をみたとき「もし、自分たちの工場から不良を出してしまったら、お客様を裏切ることになる。だからもっともっと厳しく品質管理をしていこう」と気持ちの引き締まる思いでした。
ワコール商品は、高いけれどもそれだけの価値があります。私たちが自信をもって、心を込めて縫っていることを、時々思い出していただけると嬉しいです。
日本の皆さんこんにちは。大連ワコールで、LALANなどを縫製する7つの班のリーダーをしている韓巧秀(ハン・チョーシュウ)です。2004年の3月に入社しました。
いま大連ワコールからは、4名の社員が長崎工場での3年間の研修に派遣されていて、間もなく次の4名が出発します。工場選抜の優秀なメンバーで、全員が私の部下から選ばれました。彼女たちを日本まで引率し、10日後に私だけが帰るときは、みな心細さに泣いていたほどでしたが、いまは全員日本での生活にも慣れ、長崎工場の技術と知恵を吸収して中国に持ち帰ろうと頑張っています。帰ってきたときには、縫製工程のリーダーとして活躍してくれることでしょう。
日々気をつけているのは、何といっても品質です。そのためには部下に厳しいことも言わなくてはならない立場ですが、彼女たちの成長につれて厳しく注意することも減っていきます。成長していく彼女たちは私の一番の誇りです。ワコールの誇る世界レベルの品質レベルを守っていくため、時には怖い顔を見せながら、でも休み時間には優しい顔で接しつつ、毎日自慢の部下たちと一緒に頑張っています。

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商品を置くテーブルを丁寧に拭いている方を見かけたので、聞いてみると「私たちがつくっている最中から、すでにお客様にお届けする大切な商品。置く場所も常にキレイにしておきたいんです。お客様を思い浮かべながらだと、掃除も丁寧になります」という言葉が。
工場では、仕事に取り掛かる前に必ずテーブルを拭き、仕事中も1日2回ミシンの回りを拭き、床に落ちた糸くずや切れ端などもきれいに掃除して、商品の縫製中にそうしたものが紛れ込まないように気をつけているのだそうです。
外から職場に入るときや、昼休みなどに職場に戻るときには手洗いを徹底。探検隊がうっかり手洗いを忘れていたら、「手を洗ってください」と注意されてしまいました。ごめんなさい!

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自分たちのつくる商品でお客様に美しくなっていただくには、まず自分たちからキレイにならなくては!ということで、大連ワコールでは、女性社員を対象に「下着の選び方、正しい下着の着け方教室」と「ブラのサイズチェック」を実施しました。その結果、間違ったサイズのブラを着けている人が多いということが判明。カラダと下着のフィッティングを皆さんで勉強しあったそうです。
(※ちなみに日本で実施したブラジャーサイズ調査でも約6割以上のモニターさんは間違ったカップのブラを着けていたそうです。)
大連ワコールで生産したすべての商品をチェックする検査班をまとめている王艶紅(ワン・イェンホン)です。
以前にいた電子部品関連の会社では、検査機器が自動的に不良品を選別していましたが、ワコールでは私たちの“目と手と感覚”で判定しているのが大きな違いです。一人前になるにもそれだけ時間がかかりますが、2006年にワコール本社で実施する主任検査員の試験に合格し、昨年は日本での研修にも参加してきました。
工場で縫われたものに私たちが検査を行い、「OK」を出して、初めて“ワコール商品”になります。責任は重大ですが、ワコール商品への信頼を支えているという誇りがあります。日本の女性がワコールの下着をつけて、美しくなることを想うと楽しくて、仕事のやりがいにもなっています。
個人的なことですが、実は以前は下着には特に興味はなかったのですが、ワコールに入ったことで、自分もキレイになろうと思うようになりました。そうすると自分にも自信がつき、仕事にも張りが出てきて良いことばかり。夫にも「女性らしくなった」と言われ、夫婦円満にもつながっています。
ワコールが、日本市場向け商品の本格的な縫製工場を広東に設立したのはいまから15年前の1995年。日本の本社から派遣された、縫製や技術、生産など各分野の支援メンバーと、現地で採用した70名の中国のメンバーが協力しあい、ともに成長しながら工場の基礎を築いてきました。
中国では、会社に入って専門技術を身につけ、それを土台にさらに条件のいい会社へ転職するのが当たり前なのだとか。だから日本に比べると、社員の定着率がとても低いのだと聞きました。ところが広東ワコールでは、10年経っても創業メンバーの半分が残っていたそうです。
なぜワコールの工場は、中国の人たちに「いつまでも働いていたい!」と思ってもらえる場所になっていったのでしょう。また、いまリーダーとして活躍中の皆さんからいただいた『中国からのラブレター』の1通1通には、なぜそこまでの「ワコールのものづくり」へのこだわりがあふれているのでしょう。
その真相を探るため、探検隊は、広東ワコールの創業当時からをご存知の方たちに、もっとお話を聞いてみたくなりました。

そこで、広東ワコールの創業当時から現在までをご存知の3人に集まっていただきました。
リュウ
「もう15年も経つんですね。この工場がスタートした当初、日本から来た縫製の指導担当の方のひとりがものすごい“鬼教官”で…(笑)どうしてここまで厳しくされるのかっていつも思っていました」
ヤン
「そうそう、本当に怖かった。私は、技術知識や指導内容を現場に伝える通訳として広東ワコールに入ったんですが、北村老師(先生のこと)が話す内容は、そのまま直訳しても伝わらない専門的な内容だらけで、本当に苦労しました」
北村
「あら、誰のことでしょう。こんなに優しいのに~(笑)。たくさんの苦労と努力、そして成功を共にしてきた中国の仲間は、いまでは私のかけがえのない“盟友”。ここまで心が通い合う仲になれたことに一番驚いているのは私かもしれない」
ヤン
「老師には、『メンバーがうまく縫えないのは訳し方が悪いから。内容をちゃんと伝えてくれなければ通訳の意味がないでしょう!』って注意されて、よく泣きながら訳してました(笑)」
北村
「正しく内容を伝えるために、自分でもミシンを踏んで縫製を学びながら訳してくれたヤンさんの努力にはほんとうに驚きました。私にとっても、広東ワコールの立ち上げは初めての指導体験。言葉も文化も価値観も違う土地で、どうやったら“ワコールのものづくり”を分かり合えるだろうかって、そればかり考えてました。技術だけでなく、“なぜならば”を伝えないと真の“ワコールのものづくり”ができないので、私自身も手探り状態。それだけに彼女たちも大変だったと思います」
リュウ
「老師にたたき込まれた“ワコールのものづくりの厳しさ”を本当に理解できたのは、自分が後輩を指導する立場になってからだと思います。大連ワコールのスタートに際して、大連のメンバーに技術指導を行ったときには、私も老師のように鬼教官だと思われたかも(笑)。お客様によい商品をお届けするために“技術”だけでなく“心=ものづくりの精神”もしっかり伝承し続けていかなければと思っています」
ヤン
「後輩が書いた手紙“中国からのラブレター”を読みました。現場をまとめる後輩たちの苦労や悩み、喜びなどを聞いていると、広東ワコールがスタートした頃の自分も同じ気持ちだったなぁって思い出します。そして、後輩たちのやり方や考え方に“ワコールのものづくり”がDNAとして受け継がれている。私たちが経験して蓄積したノウハウやスピリットが世代を超えて浸透しているのは本当に嬉しいし、感動的なことです」
北村
「今回、久しぶりに広東ワコールに来て、現場で頑張っている後輩たちから“お客様に愛される商品をつくることが嬉しい”という声を聞けたことで、ワコールのものづくりが、たしかに広東ワコール、大連ワコールに“文化”として伝承されていることを実感しました。私たち日本のメンバーが中国に来て選んだ教え方は、“なぜならば”を理解してもらうことで“技”と“心”を伝えるという方法でした。遠回りな教え方だったかもしれないけれど、それが決して間違いじゃなかったんだという確信が持てました」
リュウ
「その“技”と“心”を絶やすことなく、ワコールの文化として私たちが後輩たちに、また後輩たちがその後輩たちに――と伝承し続けていけるよう、私たちも頑張ります」
離職率の高い中国で、15年間もワコールの工場を支えてきたメンバーがたくさんいるのは、“ワコールのモノづくり”に惚れ込み、それを後輩たちに継承していくことに対する誇りがあるからなんですね。しかもそこには、言葉や文化の壁を超えた強い“相互信頼”が築かれていました。
ワコールに働くことに対する、皆さんの愛と誇りを感じた探検隊でした!

