定例研究会レポート

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ダンスにおける美しさの表現
--身体表現と乳房
2010年10月16日 (土)

ダンスにおける美しさの表現

10月16日(土)ワコール本社ビル2階会議室にて、65名の方にご参加いただき開催いたしました。

■ "身体表現"への生理学的アプローチ 
   大塩 立華 先生/soranomado project Inc.代表取締役・医学博士
■ パーレスクダンスの身体表現
   TAMAYO 先生/女優・バーレスクダンサー
■ 宝塚・舞台における身体表現
   御織 ゆみ乃 先生/振付家

■ パネルディシュカッション
・コーディネーター : 北山 晴一 (常任運営委員+大阪樟蔭女子大学 教授)
・パネリスト :大塩先生、TAMAYO先生、御織先生

オアーガナイザー: 運営委員 坂 里祭(㈱ワコール人間科学研究所 主任研究員)

『美を振りつけることのむずかしさ、楽しさ』
2010年度10月研究会
「ダンスにおける美しさの表現―身体表現と乳房―」を聞いて

今回のテーマは、ダンスとおっぱい。
なんと魅力的なテーマでしょう。このテーマは、数年前から河田先生(運営委員、京都府立医科大学教授)が口癖のように提案していたもの。それがようやくかなったのである。講師は、大塩立華さん(脳科学者、ダンサー・振付家)、TAMAYOさん(女優、バーレスクダンサー)、そして御織ゆみ乃さん(宝塚歌劇団振付家)。この演題で、この講師陣である。これ以上望むべくもないほど豪華な研究会となった。いずれの方のお話も、期待にたがわず、頭と身体、そして感覚をまるごと刺激されるものとなった。


-美的経験を脳科学する?面白いがきわめて困難-
大塩さんは、「身体表現への生理的アプローチ」をテーマに、脳科学者であるとともにご自身もダンサー、振付家としてダンスを実践しておられる立場から、ダンスという美的経験を脳科学の学問的枠組のなかで分析対象に載せていくにあたっての課題について発表された。私事で恐縮ですが、数年前に、まだブレークする直前の茂木健一郎さんと対談したことがあり、そのときに茂木さんが「美の経験を科学的思考の枠組みで考えるのはむずかしい」といっていたことを思い出し、今回、大塩さんがどのようなことを話されるのか興味しんしんであった。
じっさい、美と脳の関係性を明らかにするのはむずかしいようです。むずかしいと思わせる理由は2つあって、ひとつは、美的経験についての美学的研究はアリストテレスの昔からとてつもなく深められており、それに比べると厳密なステップバイステップ方式で実験と分析を積み重ねていく科学的言説が幼稚に見えてしまうこと(「そんなの昔からわかってるじゃん」といわれてしまう危険がある)、そして2つめが、まさしく科学的方法論に関わる困難なのです。
大塩さんによると、ダンスを脳科学する場合の研究対象としては、運動と感覚、そして情動という3つの側面があるそうで、そのうち前の2つは比較的研究が進んでいるが、3つめの情動については、それが社会性、コミュニケーションに関わる分野であるため科学的方法論に載せるには工夫がいるとのこと。ここでは紙幅がないので、大塩さんが当日示されたいくつもの課題を私なりに以下にまとめてみました。

1)知っている動きと知らない動きとでは、脳活動が異なること。見ている人も単純に見ているのではなく、動きを脳内でシミュレーションしていることがわかっているそうである。
これは、振り付け行為を覚えるようなものだと大塩さんが言われたことに納得。
2)動きを頭のなかだけで描いているとき(見ながらのときとは限らない)の、脳内の反応を調べることもやっているそうである。
3)ダンスを見るときの脳内の反応調べることは工夫すれば可能になると思うが、ダンスするひとの動きを脳科学的に分析すること、これがいちばんおもしろい研究なのだが、そこに至るにあたっては物理的制約がきわめて大きく、これが最大の課題だと語っておられたのが印象に残りました。


-バーレスクダンスの魅力とは?-
TAMAYOさんのお話の題目は、「バーレスクダンスの身体表現」。
まず、セクシーは、女らしさ、人間らしさと同様に個性のひとつなんだと思うべし、とのことでバーレスクダンスがセクシーであることをいかに追求し、表現してきたか、その来歴、変容、そしてここ最近の爆発的人気の秘密について、身振り手振り、そして動画映像を交えながら熱く語ってくれました。さすが日本におけるバーレスクダンスの第一者の面目躍如、会場のみなが魅了されました。
バーレスクとは、グランド・キャバレーやミュージックホールで踊られたストリップショーに起源をもつダンス。

TAMAYOさんは、世界と日本のバーレスクの歴史、日本の浅草の演劇とストリップの関係などを紹介された後、「現代に蘇るバーレスク」ということで、バーレスク・ダンサー出身のトップモデル兼
女優ディータ・フォン・ティースの話をされました。ディータは、ヴィトンをはじめ世界のファッションブランドのミューズに採用され、現在、全世界で年間100ステージをこなしているそうです。いまや時代のアイコンになった観があります。何ゆえ、そうなれたかといえば、それはディータが男のイメージする女性身体を作っていること、同時に、多くの女性が「こうありたい」と願う夢の女性身体を体現しているから。そのため、とくに女性に人気があるとのことでした。ディータには、誰もがうっとりしてしまう何かがあるのだそうですが、その何かとは何なのでしょうか。
セクシーは一部の人たちだけの特権ではない。方法論を学べば良いだけだとTAMAYOさんはいいます。頑張らないこと、筋肉を使わないで骨を使うようにする。頭より身体を使う。首筋ラインがエロティックなのだから、ここに力を入れてはいけない。それには、息を吐けばよい、など。
TAMAYOさんは、ディータにことよせてバーレスクを語りましたが、見せてもらったDVDが示すように、バーレスクを踊る彼女には「アイコンとしてのエロス」が表現されていました。歩き方、ポーズは学習できます。わずかな布切れをつけた身体は、まさしく「空気を着ている」身体。見せるか見せないかのぎりぎりのせめぎ合いの中で振りつけられた身体は、隙のない身体です。だから、そこには、隠微さがない。ファニー、コケティッシュ、愛くるしい身体が出現するのだ、とTAMAYOさんはいいます。次回は、ぜひ、適切な照明のあるところで、ライブ付き講演が行えたら、と思いました。


-「私は美しい」、1日50回言わせて自信をつける-
現役時代には花組に所属され、その後振付家として活躍中の御織さんには「宝塚、舞台における身体表現」についてお話いただきました。
御織さんは、157センチと小柄な感じの方ですが、話しはじめるととても、とても大きく見えてきました。お話は、事前にお見せしてあった質問にお答えいただく形式で進められました。

まず、男役娘役の振りわけについて。通常、身長で選ぶが、自分でも希望できるとのこと。
練習は、ダンスは共同で訓練するが、他のレッスンは男役娘役にわけて訓練するのだそうです。
男役の場合は、筋力をつけることが必要とされるが、娘役は、ふつうの女らしさでは十分でなく、よりいっそうセクシーでなくてはならない。
そして、うなじと手先がセクシーの基本なのだそうです。男役の作り方は、目線が肝心(眼で殺せ、といって訓練する)。また、筋肉のあるような動きをする。手は、指を開いた状態で演技する。
宝塚ではだれもが女性ですから、乳房の処理は大事なことです。男役は乳抑えを使って胸板補正したり、胴布団で男役らしく体形補正はすることもある。娘役のほうは、レオタード、舞台キャミソールなどでウエストを締める。

男役にせよ娘役にせよ、定式化されたマニュアル的なものがあるわけではなく、試行錯誤の末にそれぞれが工夫するとのことでした。男性ダンサーの振りを見に行くこともあるそうです。
年齢表現はどうするのか、という質問もありましたが、決めては歩き方だそうです。背中に肉がつくと老けた感じに見えるとのことなので、思わずわが身を振り返ってしまいました。

御織さんは、自分では優しいと思っていたのにブログなどで「鬼!」と書かれているのを見て、びっくりしたといわれましたが、ラインダンスの訓練の模様を話されるのを聞いて、失礼ながら、さもありなんと思いました。勉強期間を終えた団員がはじめて芸名で踊る4月の初舞台でロケット(ラインダンス)を踊りますが、その前の1か月は特訓期間、ラインダンスが揃うまで徹底的に練習。ひとりでも揃わないひとがいるとやり直しだそうです。階段幅はわずか24センチ、その上で目線をすこし上に向けて踊るわけですから、疲労してくると落ちる人も出る。そのとき御織さんはひとこと「また、落ちた」だけ。慰めたりしないそうなのです。怖いですねえ。

最後に「どのようなひとがスターになるのか」の問いに対して、御織さんが答えた次の言葉には、凄味がありました。みなさんは、どう感じられましたか。 
大事なのは、いろんなことに興味を持つこと、とりわけ自信が大切。自信のない人には、「私はきれい」を50回言わせる。しかし、顔の問題ではない。見られている感をもって、見せること。これが気持ちを締めることになるのだそうです。

最後に・・・・
今回ご講演のお3方はともに女性の振付家。実践に裏付けられたお話に説得力がありました。アンコールの声がたくさんあったと聞いています。

北山 晴一(乳房文化研究会 常任運営委員)
大阪樟蔭女子大学 教授

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