定例研究会レポート

女性の「からだ」と「こころ」を科学する 乳房文化研究会 トップへ

アジアにおける乳房観 Part3
--中国人女性の身体意識と文化・ファッション
2015年10月24日(土)

アジアにおける乳房観 Part3

●田村容子 先生(タムラ ヨウコ)
男旦(おんながた)が脱ぐとき ~中国演劇における乳房の表現

   ※男旦:中国演劇で(女形)の意
福井大学 教育地域科学部 准教授

●徐 朝暉 先生(シュウ チャオ ホイ)
中国人女性の身体意識と下着の好み

 中国ワコール人間科学研究開発センター部長

●武田雅哉 先生(タケダ マサヤ)
「乳房〉の図像と記憶 ~中国・ロシア・日本の表象比較研究」 からの中間報告

 北海道大学大学院文学研究科・文学部(中国文化論講座) 教授

■パネルディスカッション
●コーディネーター : 実川元子 運営委員
 (フリーランスライター・翻訳家)
●パネリスト
 田村先生、徐 先生、武田先生


アジアにおける文化・価値観と乳房観の違いを探る会の第三弾として、今回は中国に注目し、中国における女性史、文化史や中国人女性の身体美、乳房に対する願望から乳房観 ・身体観について理解を深める研究会を開催しました。
まず、「男旦(おんながた)が脱ぐとき」とのタイトルで福井大学の田村容子先生からお話をいただきました。中国の演劇や映画の中で、男性が女性の役を演じるとき、あるいはその逆に女性が男性を演じるとき、乳房をどのように表現してきたか、中国の歴史の流れに沿って、具体的に映像を見せていただきながら説明くださいました。京劇の女役を男旦(おんながた)と呼ぶこと、清の時代は女優が舞台に立つことが禁じられていたこと、1912年の中華民国以降は、その禁が解かれて女優劇ブームが起こり男旦は衰退していったこと、1949年の中華人民共和国以降は、国の政策として女性の役は女優がする方針がだされたこと、1966~76年の文化大革命には中国共産党による京劇改革が進められ、女性性が抑圧されていたことを教えていただきました。20世紀初頭に女優が登場し、危機を感じた男旦が自ら衣服を脱いで、足から腰へ、そして乳房を見せることで存在感を残そうとしたことや時代と共に薄幸でやせ型の美人から健康的な女性、さらには武装して国のために戦う活発な女性へ女性像が変化していったことが印象的でした。

次に「中国人女性の身体意識と下着の好み」とのタイトルで中国ワコールの徐朝暉先生からお話をいただきました。現代の中国下着市場や商品開発のための人体研究について研究事例や商品開発事例を紹介くださりながら教えていただきました。中国人女性の体型特徴と中国人女性が綺麗と感じる体型の特徴や中国人女性が自分自身のバストに対してどのようなニーズを持っているのか、そのニーズを満たすために、どのような下着・ブラジャーが開発されているのかを説明していただきました。

北海道大学の武田雅哉先生からは「<乳房>の図像と記憶」というタイトルで、先生が主催されている「乳房(ちぶさ)研究会」の活動のこと、北海道の乳房関係のパワースポットの話、中国の乳房観・乳房の歴史のこと、「紅嫂(ホンサオ)」という乳房に関する有名な話のことを説明いただきました。実は唐の時代は、かなり胸をあらわにしたファッションが流行していたこと、20世紀初頭は胸を平らにしたファッションが必須であったこと、その後、胸を締め付けることから解放する「天乳運動」というものが起こり、瀕死の共産軍兵士を農婦が自らの乳を飲ませて助けた「紅嫂(ホンサオ)」という革命的な美談が、時代とともに表現を変えて伝えられていること教えていただきました。
パネルディスカッションでは、参加者の方々に事前アンケートした質問を元に、「異なる文化圏で乳房の見せ方の違いを感じるとき」「乳房の呼び方」「家族、友人の間でバストの話題が出るか」「乳房について強く意識したとき」について講師の先生方と会場の方々と意見交換をし、乳房観に関する中国と日本の違いや女性と男性の違い、個々人の違いについて考える機会になりました。

(事務局長 岸本泰蔵)

▲ 上に戻る