定例研究会レポート

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身体知Part2 ~バストをめぐる思い込み~
2019年6月22日(土)

身体知Part2 ~バストをめぐる思い込み~

■講演テーマ・講師
バスト計測と理想バストの変遷
 小川 はるな 先生
 (㈱ワコール 人間科学研究所 研究員)

理想の体型とバストの心理 
 菅原 健介 先生
 (聖心女子大学 文学部 人間関係学科 教授)

バストのトレンドを映す「美乳」特集
 北脇 朝子 先生
 (株式会社マガジンハウス  『 anan 』 編集長)

■パネルディスカッション
コーディネーター :米澤 泉 運営委員
          (甲南女子大学 人間科学部 文化社会学科 教授)
パネリスト: 菅原先生、北脇先生、小川先生
       

バストのサイズは、どのようにして決まるのか?理想のバストのサイズ・かたちは何をイメージして決めているのか? 寸法・容量といった物理的な数値と「大きい・小さい・標準・平均・中心」といった言葉が与える身体イメージとの間には心理的な関係と「思い込み」があるのではないだろうか。価値観は本来、人それぞれで多様なはずだが、無意識のうちに基準を作り、自分と比較をするのはなぜだろうか? 「その良し悪しではなく、なぜ、人は無意識のうちに基準を作ってしまうのか」 その理由を考え、一人一人のバストに対する認識と理想との関係やバストの理想像の変遷、さらには、メディアとの関連からバストを中心とした『身体知』を多角的に探究する会を開催しました。

まず、『バスト計測と理想バストの変遷』というテーマで小川はるな先生にワコール人間科学研究所の人体計測の概要、体型・意識の時代変化、バストサイズとブラジャーサイズの関係について講演いただきました。研究所の設立経緯、計測方法、データ量、データの活用方法を紹介された上で、体型・意識が50年間でどのように変わってきたかを説明くださいました。年代別の平均身長は年々増加していましたが、1965年生れ以降は伸び止まっていること、体重は20代がやや微増、40代・50代では減少傾向で、結果BMI数値は20代がほとんど変化ない一方で40代・50代は減少し全体的にスリムな人が増えていること、バスト周径、アンダーバスト周径は減少傾向であるが、バストとアンダーバストの周径差は、20代・30代では増加しているということでした。意識については、身長・体重の認知率は高い一方でバスト・ウエスト・ヒップの認知率は20~30%程度で、知っている人でも実際の寸法と違う値を申告されること、理想のバスト周径は1980年以降、自己申告値よりも+約2.5cmでブラジャーサイズだと大体1カップ程度大きめとのことでした。

JIS規格で定められているバストサイズ(トップバストとアンダーバストの周径差)と実際のブラジャーサイズは必ずしも一致しないこと、それはサイズだけでなくバストの形や柔らかさによって合うブラジャーが決まるからで、それをお客様に正しくアドバイスできるようにメーカーを超えて業界団体がインティメントアドバイザーという資格制度を作って販売員の教育と認定試験をしていることをお話くださいました。

次に『理想の体型とバストの心理』というテーマで菅原健介先生に女性たちの意識と下着との関係について被服心理学の視点から講演いただきました。まず、服の下に隠れて見えない下着に何故カラーやデザインがあるのかという疑問から「お気に入り下着」の実態調査の結果をお話いただきました。約9割の方が「お気に入り下着」を持っており、その目的は、アピール、気合い、安心感という3つの心理的効果に集約でき、アピールといった対他的な効果だけでなく、気合い、安心感といった他自的な効果も大きいこと、そのためにカラー等のデザインだけでなく、補整性や着け心地にこだわって下着を選択すること、ボディラインを整えるものから窮屈でなく、楽な「開放系インナー」が最近ブームであり、それはリッラクスできるだけでなく、伝統的な女性役割、女性イメージからの脱却、つまり女性らしい自分であるというよりも、自分らしい自分を大切にするという方向に女性たちの意識がシフトしている可能性があることをお話いただきました。つぎに下着のアウター化に関する調査を紹介いただきました。

「見せブラ」「見せパン」がなぜ流行したのかということで、見せる下着、肌見せファッションに対する意識調査をされた結果、肌見せ系ファッションは年齢が高い層では、品性がない、異性の目を刺激するという性的なイメージとしてとらえられているのに対して若い女性たちはそうではなく、かわいいファッションの1つとしてとらえていること、「見える」ことの恥ずかしさと「見せる」ことの恥ずかしさが年齢によって違うこと、年齢が高い層ではどちらも恥ずかしいが、若い層では、非意図的な「見える」ことは恥ずかしいが、意図的な「見せる」ことは恥ずかしくないこと、肌見せ系ファッションは見せるファッションであって、だから恥ずかしくないと若い人たちは考えていること、下着を恥ずかしいと感じるのは性的視点で見るかどうかであり、例えばプールでのビキニや露天風呂の男女混浴など、性的でない露出は恥ずかしくないというお話をいただきました。

最後に現代の女性たちが理想とする体型についてのお話がありました。理想の体型について調査したところ、ほとんどの女性がBMIが18、バストサイズがDカップを理想として求めていること、「引き締まり」と「痩身」を意識的にはあまり区別していないが、詳しく調査していくと、痩せている自分の身体を意識しても満足感は高まらないが、引き締まった自分の体を意識すると満足感が高まること。引き締まりには、社会的評価や自信、守られている感じといったメリットを感じるが、痩身には何のメリットを感じないこと、なので現代の女性は単に痩せたいのではなく、引き締めたいと思っていること、一方で引き締まった体型を求めているが、引き締まりの指標を持っていないため、手っ取り早い体重計数値を痩せたかどうかの指標にしてしまい、体重計に依存し過ぎではないかということ、バストの大きさも満足感と直接関係がないが、Dカップを理想にしているのは、バストが大きい方が相対的にウエストの引き締まりを印象づける効果があるからではないかというお話でした。身体と衣服との心理的関係から日常生活の行動が生まれ、それらが集約されて被服文化が生まれ、またそこから新たな市場が生まれ、新たな下着や被服がつくられ、それらがまた心理的効果を与えるということが印象的でした。

次に『美乳特集の歴史と変遷』というテーマで北脇朝子先生に講演いただきました。ananは1970年創刊で2020年に50周年を迎えるグラビアサイズでは日本で最初の雑誌であり、毎週1冊特集主義の週刊誌であり、ボディの特集だけでなく、旅行、料理、占いからネコに関すことまで、多岐に渡った特集をされており、カラダ関連の特集では、バストだけでなく美脚・美尻・ウエスト・二の腕・太ももといったパーツ特集や総体的なダイエット特集よりも“カラダ引き締め”や“健康関連”などが最近非常に人気だそうです。

美乳特集は2009年から開始し10年間されており、最初はほしのあきさんを表紙に起用して、見られるものとしての「胸」という視線にフォーカスしたものであったこと、第2期はカラダのパーツのボディメイクが注目され、下着との関係性も注目されていた時代で佐々木希さんや小嶋陽菜さんを表紙に起用されたこと、2012年には「大きさではなく高さ」というキャッチコピーを使って初めてスタイルとしての胸の理想形を伝えた特集をされていました。その後に北脇さんが担当されるようになり、恋愛視線、男性視線ではなく自分自身のために自分がちょっと気持ちよく、うっとりできるような美乳を意識して特集を組まれるようになったこと、2015年からはインスタグラムやSNSなどの自分発信ツールの流行によって「魅せ胸」が流行し、素肌風の質感へのこだわりが強化したこと、2017年には田中みな美さんに登場いただいて「美乳は自分でつくれる!」という特集で日々のケア、カラダづくりをしっかりすること、昨年は「ハンサム胸のつくり方」として内田理央さんを表紙に、男らしさ女らしさではない自分らしさを確立する世間のトレンド、意識変化を反映した特集をされたことをお話くださいました。この10年間で憧れや崇拝の時代から共感の時代へ変遷していることが大変印象的でした。

パネルディスカションでは、会場参加型でアンケート等をしながら理想のバストのサイズや形について討議したり、男性下着の心理的効果について等の話もあり、女性自身が求める身体像の時代変遷や社会現象との関係を考える研究会になりました。

(事務局長 岸本泰蔵)

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