定例研究会レポート

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現代日本の授乳と子育て
2018年1月20日(土)

■ 講演
江戸の乳と子どもの「いのち」
 沢山 美果子先生
     (岡山大学大学院 社会文化学研究科 客員研究員)

家事労働ハラスメント~生きづらさの根にあるもの~
 竹信 三恵子先生
     (和光大学 現代人間学部現代社会学科 教授)

■ パネルディスカッション
・コーディネータ :川添 裕子 運営委員
           (松蔭大学 コミュニケーション文化学部 教授)
・パネリスト:沢山先生、竹信先生、
        有本 尚央先生(甲南女子大学 人間科学部文化社会学科 講師)
        
近世から現代までの日本の授乳・育児事情について学び、いのちをつなぐ営みとしての授乳の意味、現代社会における授乳の位置づけや授乳・育児を含む家事労働に関する現代社会の問題点を考える研究会を開催しました。
まず、『江戸の乳とこどもの「いのち」』というテーマで沢山美果子先生に講演いただきました。江戸時代は母と子の命が非常にもろく、5歳までの幼児の死亡率が20~25%、母親の死亡率も20%を超えていたそうで、母親一人で子育てするということが難しい状況があったため、いのちをつなぐためのネットワークが不可欠だったそうです。たとえば、藩では貧しい農民たちに赤子養育手当や「乳泉散」という催乳薬を配布して子育てを支援したり、上級武士は農村女性から乳を徴収したり、「乳持ち奉公」という授乳専門の女性を雇用していたそうです。また、昔の人は、子どもに長く授乳していると妊娠しないことを経験的に知っていたので、授乳を出生コントロールに使い、農村では子どもが増えすぎないように長く授乳していたり、逆に上級武士では、「乳持ち奉公」を雇って母親自身は授乳をせずに、より沢山の子どもを出産していたそうです。江戸時代の子育ての基本は失われやすい子どものいのちを守ることが一番大事で、そのために人的なネットワークが非常に発展していたそうです。ところが、明治になって性別役割分担の近代家族が登場し、母性という考えが意図的に浸透していたった結果、子どもを育てるのは母親の役割という考えが植えつけられ、さらには昭和になって三歳児神話という三歳までは母の手で育てるべきという考えが強くなり、厚生省が「母乳哺育推進策」を打出して母乳哺育が強調されるようになり、子育てのネットワークがだんだん切断され母親一人の手に子育てが委ねられることになってきたそうです。実は「母乳」という言葉は、明治以降に登場した言葉であり、母親が一人で子育てするという考えは、歴史の中では、ごく最近の事であることが印象に残りました。

次に『家事労働ハラスメント~生きづらさの根にあるもの~』というテーマで竹信三恵子先生に講演いただきました。母性イデオロギーに根ざした働き方が授乳や育児、さらにはその周りにある家事というものを排除した働き方のシステムになっていることの問題点についてお話くださいました。先生は、それを「家事労働ハラスメント」と名付け、家事労働に蔑視、排除、嫌がらせをするやり方が日本の職場や様々な所に蔓延し、母親や父親を生きづらくさせていること、何時間でも会社にいられる人を想定した「妻付き男性モデル」が基盤になって、家事、子育てや地域活動、PTAなど、お金にならないその他大勢の仕事を「主婦」という押入れに押し込む考えで社会システムが設計されていることが問題の根底にあることを教えていただきました。さらには主婦の仕事に類似したケア的な労働である保育士・介護士の低賃金化や働き方改革、高プロ制度や裁量労働制の緩和にも危機感を感じていること、一方で社会に対する期待の低さから若い女性の専業主婦願望が増加していることや子育てのイベント化が進んでいることを示されました。労働改革に家事ハラをやめようという視点がなく、無意識のうちに妻付き男性モデルの労働者を前提に考えられてしまうことが問題であり、子育てしている人を基準に全てを決定できることが理想であり、家事ハラ解決を織り込んだ制度設計を企業、行政、男性の三者でやっていく必要がある。企業は責任をもって労働時間を短縮する。行政は労働中に「質がよく高額でないケア施設」をきちんとつくる。男性は労働時間が短縮された分、家事・育児の分担をちゃんと引き受ける。そうなれば女性が家事労働の一部から開放され、しっかり働けるようになるので家族の収入が増える。母親だけでなく父親も含めて、みんなが楽に生きやすくなるはず、ということが非常に印象に残りました。
パネルディスカッションは川添裕子先生の司会進行で、有本尚央先生にも加わっていただき、男性の関わり方、母乳売買の問題、情報ネットワークの問題、人工乳の役割、介護離職など様々な議論が行われました。男性・女性に拘らず、みんなが生きやすい社会をつくることが目指すべきものであることを改めて感じた研究会でした。

(事務局長 岸本泰蔵)

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