定例研究会レポート

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重力と乳房
2021年2月20日(土)

重力と乳房

■講演テーマ・講師
無重力と人体
 松本 暁子 先生
 (宇宙航空研究開発機構(JAXA) Flight Surgeon)
/東京医科歯科大学 客員教授/徳島大学大学院 客員教授)

重力と健康と細胞
 跡見 順子 先生
 (東京農工大学 客員教授/東京大学 名誉教授)

重力と太極拳
 ―重力と戯れる からだ
 極子(muneco) 先生
 (東京大学・慶應義塾大学 非常勤講師
/楊式伝統太極拳師範・正弟子第七代/光風霽月会主宰)

■パネルディスカッション
コーディネーター :山口 久美子 運営委員
          (東京医科歯科大学 統合教育機構 講師)
パネリスト: 松本先生、跡見先生、極子先生

私たちが普段は意識していない「重力」に注目し、重力が乳房や女性の身体に与える影響やメリットを考え、女性にとっての乳房の物理的・生理的・心理的意味について理解を深める研究会を開催しました。

まず、『無重力と人体』をテーマに松本暁子先生に講演いただきました。宇宙飛行士の健康管理を行うフライトサージャンの役割や半世紀以上に渡る米国、ロシア、日本の宇宙開発の歴史、国際宇宙ステーションの紹介を詳しく説明いただいた後、「宇宙に行くと体はどうなるのか」を教えていただきました。真空、微小重力(地球の約100万分の1)、放射線という特殊な環境下で、まず、見た目の変化としては、血液などの体液が上へ移動し顔がむくみ丸くなること、身長が伸びて体重は減るそうです。地上で湾曲している背骨が微小重力下では伸び、2~3cmくらい背が高くなる一方、体重は減り、ウエストや足が細くなるそうです。このような体形の変化は宇宙から帰ると元に戻りますが、体重は減っていることが多いそうです。また、体内の変化としては、骨量の減少で、宇宙に行くと骨からカルシウムが溶けて尿などに出て、骨粗鬆症のリスクが高まり、そのスピードは地上にいる高齢者の10倍くらいの速さだそうです。さらに宇宙放射線によるDNAの損傷などの問題があり、短期間的には体液シフトや宇宙酔いの影響が大きいですが、長期に滞在すればするほど、骨の問題や体重減少、放射線の問題などが大きくなるそうです。このような骨量の減少や宇宙放射線の被爆問題以外に筋力の低下、精神心理系への影響、日内リズムへの影響、代謝栄養系の変化、視力の変化など様々な体内システムが影響を受けるとのことでした。新しい宇宙施設や宇宙服の開発のためには、微小重力環境において身体の形やサイズの変化を知ることが重要であり、現在、NASAでは宇宙での体形変化の計測を実施中だそうです。女性の飛行士は50名以上になり、宇宙でも女性が活躍する時代になり、女性の計測データの蓄積も是非、期待したいです。尚、松本先生が宇宙空間での女性飛行士の写真を観察されると、胸は少し上の方にアップしている感じがするとのことでした。

次に『重力と健康と細胞』というテーマで跡見順子先生に講演いただきました。自分の命を知り生かす「心身一体科学」について体幹制御や細胞のメカノバイオロジーのお話をいただきました。加齢による能力低下と宇宙での能力低下は同じ現象であり、重力を上手く利用して体を動かす「活動依存性」で細胞を刺激することが加齢による能力低下を防げるということ、細胞が体の中で接着し、力を発揮している、その細胞への刺激は運動から得られるということ、武道でよく言われる「丹田」は実は立位時の重心を自分でコントロールするという非常にシンプルな話であるが、誰も科学的にやっていないので怪しく感じられるが、科学的に説明できるものであることなどのお話でした。また、細胞に刺激を与える具体的な方法として「寝てやる体操」、重力で受けてしまうゆがみをキャンセルしながら自分の体を調律するという方法の紹介がありました。さらに姿勢は重力や運動と関係していて畳の生活をしている日本人の文化が素晴らしいこと、体の使い方が精神をつくるという考え方、畳の生活の中で床から立ち上がり、座りを繰り返し、そのしぐさを身につけていた日本文化のこと、正座は筋トレでもあり関節の可動域すべてをすごくよく使うなど、古来から日本の生活は非常に能力が高いものであり、日本の伝統文化は動きと静けさが共存するバランスが要であること、太極拳や能楽師の動きが軸のぶれない動きであること、良い姿勢を考えるときに「背と腹の関係」が重要であること、無重力空間では床に接着して力を発揮する支点をつくることができないので背中にS字カーブをつくれず、ソファーに座るような姿勢になることなど多方面の研究事例を紹介くださいました。「心身一体科学」とは、人間である自分を生かしてくれている細胞原理と細胞の生存環境、つまり体の共通原理を理解して、心身一体化スキルを身につけること、人間である自分ができること、「良いと考えられること」を実行、表現し、成長・進化し続けるための科学、学問、社会実装であることを教えていただきました。

次に『重力と太極拳』というテーマで極子(muneco)先生に実演を交えながら講演いただきました。最初に体をほぐす運動を教えていただいた後、伝統太極拳八十八式の一部を演舞くださり、先生が何故、太極拳を修行されたのか、太極拳から学ばれた体の使い方のポイントの説明がありました。元々、色々な西洋の身体技法を学ばれた後、能楽や歌舞伎、日本舞踊などの日本の伝統芸能の動きに注目され、その腰を落として色々な所作をすることが上手くできないと感じておられた頃に太極拳の摩訶不思議な動きに出会われたこと、勢いよく体を、中心線を体から離すような動きでなく、いつもためていながらのびやかに動いていること、それを解明すれば色々なバリエーションの動きができる体を獲得できるのではないかと感じられたそうです。極子先生が考えておられる太極拳のポイントは、まず姿勢。ほとんど上半身はまっすぐにして、骨盤と胸郭と頭部の3つのパーツを少しずらし、ねじれ構造を作りながら重心移動して力を発揮していること。次に骨盤の角度。骨盤の角度を決めるのが座骨であり、「座骨で座る」を意識することが正しい骨盤の角度になること、骨盤の角度によって胸郭と骨盤をつないでいる様々な筋肉の筋活動が変化するとのこと。次に体の軸。太極拳は体の中心に軸を置かずに、右か左に軸を移動させること、右か左かの軸に重心移動させることで片方の腕や足を自由に使えるようにすること、軸を作る時に腹斜筋などを使うことが大事であるとのことでした。次に重心点。体を頭のブロック、胸のブロック、腰のブロックの3つのパーツと考え、それぞれの質量の重心点である上丹田、中丹田、下丹田を意識し、この3つの点がまっすぐつながっている状態をつくることが大事であることを説明いただきました。最後に、重力を利用した体のリラックス方法を2つ伝授くださいました。ひとつは、頭部、胸椎7番、仙骨2番の3か所にヨガブロックを置いて、その3点だけで体を支えて仰向けに寝ることで、無理なく重力を利用して力を抜く方法と、もうひとつは極子先生が考案された「胎児ポーズm-ai式」というもので横向きに寝た状態から胎児のように丸まったり、指先と足先を離したりして脊柱周りの深部筋に意識を向けて動かす方法でした。

パネルディスカッションでは宇宙での体の変化、身体計測、男女差、フライトサージャンの名称の由来や細胞を感じるための方法、太極拳とヨガの共通点などについて質問がありました。最後に、「体にとって重力とはどういうものか」について3人の先生のお考えを聞かせていただきました。

今回は『重力と乳房』というテーマながら『乳房』に焦点を絞った議論には至りませんでしたが、普段、意識していない重力と身体の関係を学ぶことができ、第二弾につながる研究会になりました。

(事務局長 岸本泰蔵)

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