定例研究会レポート

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会員研究会
いま、乳がんの同病者を考える
―ピア・サポート、友情、そして別れを越えて
2022年6月18日(土)

会員研究会<br />いま、乳がんの同病者を考える

<会員研究会>
コーディネーター:北山 晴一先生 (立教大学 名誉教授)
1)研究発表:
      菅森 朝子
先生 (立教大学社会福祉研究所 研究員)
2)発表へのコメント:
      飯嶋 由香里
先生(足立乳腺クリニック 乳がん看護認定看護師)
3)質疑・討論
4)総 括

乳がんは、女性のがん罹患の中で最も多く、たいへん身近な病気であり、乳がんを経験した女性たちは、患者会で、病院の待合室で、SNS上で支え合い、交流を深めている。乳がんを経験した女性たちの同病者関係に着目し、医療社会学やジェンダーの視点をもって調査された研究発表を聴き、乳がん同病者においてピア・サポート・友情関係・継承関係が展開していることや乳房再建・家族関係、さらに、女性たちの関係の背後にあるジェンダーの問題についても考える研究会を開催しました。

まず、菅森先生から調査研究についての発表をいただきました。先生は、「医療」と「女性の生き方」に触れる研究がしたく「乳がんを経験した女性」をテーマに調査を開始されたとのことで、当初、医療者でもがん経験者でもない自分に話をしてくれるのか不安だったそうですが、実際に依頼してみると「社会の役に立つならば」と非常に快く引き受けてもらえたそうです。乳がん経験者の方に話を聞きはじめて感じた問いは「同病者の中で積極的にコミュニケーションをとるのはなぜか」「同じ病気でも差異のある中で、どのように共同性を作っていくのか」「家族の関係と同病者の関係の2つの親密な関係をどのように位置づけているのか」「ライフワークと言えるまでにサポート活動に深くコミットしていくのはなぜなのか」であり、それを調べるために19名の方のインタビューを中心に、患者会のスモールミーティングやイベントに参加し観察をしながら調査されたそうです。研究の視座としては、1つめは医療社会学の「病いの語り」、2つめは社会学を中心としたピア・サポート研究、3つめがジェンダー論としての「女性同士の友情」とのことで、実際にインタビューされた方の話を紹介し、それぞれの考察についての説明がありました。乳房再建された方が同病者に伝えたいこととして、「完璧ではない乳房」「再発しても元気でいられること」「もしがんが治らないという状況になっても、その怖さは絶対に乗り越えられるということ」「周りの力を借りて乗り越えることで前向きになれること」。とくに逝去される前日に「生きた証を残したい」「自分の経験を後の人の役に立ててもらいたい」という思いでインタビュー記事を残されたEさんの話は非常に感動しました。また、家族との関係について、乳がんの経験は家族を「ケアする側」の女性が病気になって「ケアされる側」になる経験でもあり、夫との関係、高齢の母親との関係、子供との関係に齟齬が生じ、同病者間で「乳がん経験者」同士としてだけでなく、「ケアする側」にいる「女性」同士として共感が生まれるそうです。さらに、ライフワークとして「使命」を持って同病者のサポートに取り組む理由として、がんを経験することで「やりたいこと」があるときに先延ばしせずにチャレンジするという「攻め」の姿勢が生まれること、最初は個人の「やりたいこと」としてはじめた活動が、他者や社会との相互作用の中で個人的な思いを超えて「責任」や「使命」を伴うものに変っていくのではないかということでした。一方でピア・サポートの課題として、ひとつは「継承の困難性」。乳がん経験者の全員が継承を志向する方ばかりでなく、個人的な経験に留めておきたいと思う人が少なくないこと、また、がん経験者以外の人を含む「社会」に継承していくことが、まだまだ容易でなく、がんに対する偏見や無理解から女性たちが閉塞した状況に置かれることが解消されないという説明をされ、引き続き、「社会と女性の身体」のあり方、「病い経験と継承」「社会への継承」に取り組み、非経験者へのインタビューなど研究を続けていきたいと思うとおっしゃいました。

次に菅森先生の調査研究に協力や助言をされた飯嶋先生からコメント・感想をいただきました。菅森先生との出会いの話、医療従事者として患者の方に正しい情報を提供すること、その中には乳房再建することにメリットだけでなくリスクも話さなければならないこと、患者会は患者にとって頼れる存在である一方、出会いもあれば別れもあり、「大切な方の死」と「明日はわが身」という二重のきつさがあること、乳がんを告知されると、どうしてもこころに壁をつくってしまうことがあり、ピア・サポートは、その壁をとってお話ができる非常に大切な存在、貴重な存在であるということ、乳がん=死ではなく、乳がんになっても元気でいられる励みになったり、ロールモデルとして大事な存在である。一方で患者会を勧めることが難しい面もあり、その患者会が本当に信頼できるかどうかを見極める難しさ、がん患者の中には、そのような輪に交わりたくないという方も一定数おられることなど気軽に紹介できない現状があるそうです。医療従事者でもあり、乳がん経験者でもある飯嶋先生が思われるピア・サポートは、エンパワーメントではないかということでした。「よりよい社会を築くために、人々が協力して、自分のことは自分の意思で決定しながら、生きる力を身につけていこうという考え」、生きる力を身につけていく患者力を高めていくために相互作用しながら協力して高いところを目指していくことが大事ではないかと話されました。

質疑・討論では、患者会の選択の理由や動機付け、ピア・サポートを志す人とそうでない人の違い、男性と女性の違い、外部へ継承をするために必要なこと、家族との関係、ジェンダーとの関係など様々な質問と意見交換がありました。

最後にコーディネータの北山先生より、ピア・サポートという同病者関係者同士の経験の継承問題以上に、経験をしていない人たちに向けた継承の問題やジェンダー問題、家族の問題が重要であり、菅森先生の今後の調査研究へ大いに期待する旨の総括をいただきました。

(事務局長 岸本泰蔵)

 

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