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#医療従事者インタビュー

サイコオンコロジーの第一人者、精神科医の保坂隆先生に伺いました
「自分や家族ががんになった場合の心構えとは?」

2018.06.28

日本では2人に1人が一生に1回はがんにかかります。自分だけでなく、家族や親戚、親しい友人の中にも、がんに罹患した方はいると思われます。しかし今、40歳の女性が40年後までにがんで亡くなる確率は8%しかありません。がん=死という時代は終わり、がんになっても生きる時代になっています。そんな中、今後、もしも自分や家族ががんになったときのために、何か準備できることがあるのではないか...と思いました。長年、サイコオンコロジー(腫瘍精神科)の医師として、がん患者さんや家族と向き合ってこられた保坂隆先生に、がんになった場合の心構えについてアドバイスをいただきました。
* 国立がんセンターがん情報サービスより

取材・執筆/増田美加(女性医療ジャーナリスト)

保坂隆先生

ほさかたかし/保坂サイコオンコロジー・クリニック 院長
慶応義塾大学医学部卒業。カリフォルニア大学ロスアンゼルス校(UCLA)精神科留学。東海大学医学部精神科学教授ほかを経て、聖路加国際病院リエゾンセンター長、同精神腫瘍科部長のち、2017年7月,聖路加国際病院定年退職。同年8月、保坂サイコオンコロジー・クリニック院長に就任。聖路加国際病院 診療教育アドバイザー,ほかに聖路加国際大学臨床教授、京都府立医大客員教授、横浜市大客員教授,昭和大学医学部客員教授,東京医科歯科大学医学部非常勤講師などを兼務。
保坂サイコオンコロジー・クリニックhttp://psycho-oncology-clinic.com/
保坂先生のサイコオンコロジーに関するブログはこちら

Q1

増田

もしも、がんと告知されたら、どのように、がんと向き合うことが大切なのでしょうか?

A1

保坂先生

もしも、がんを告知されたら、がんになった"原因"を探すのでなく、がんになった"意味"について考えていただきたいのです

がん患者さんは、がんになったときに、"原因"について突き詰めて考えようとします。

「自分の何が悪かったのだろう」
「何か悪いことをしたから、罰としてがんになったのではないだろうか」
「夫(姑)との関係が悪いのが原因かもしれない」
「仕事が忙しすぎたのが原因かもしれない」などです。

しかし、多くの場合、はっきりとした原因が同定されているがんはありません。原因として特定できるがんは、放射能やある化学物質に暴露した結果としての悪性腫瘍が一部ある程度です。

でも,患者さんたちは,ストレスで我慢してきたことや健康に留意しなかったことの罪悪感を原因にしようとするのです。

原因には、遺伝・大気汚染・食物・ストレス・行動パターン・喫煙や過剰な飲酒など、おそらく無限の因子が関係しているので、がんは"多因子疾患"なのだろうと思います。原因を特定することは不可能と言うだけでなく、徒労に終わってしまいます。

だから、もしもがんを告知されたら、原因を探すのではなく、がんになった"意味"について考えていただきたいのです。

過労状態だった自分の身体が「少し休ませて欲しい」と悲鳴をあげているのかもしれません。家族との時間が長い間もてずに来たので、「家族でゆっくり話そう」という意味かもしれません。この機会に生活習慣を改めることが必要で、今回、がんになったかもしれません。

「がんは、『自分の人生のこの時期に、なぜがんになったんだろう』と考えるいいチャンスになった」と思えた人は、穏やかな生活スタイルに変わっていきます。

最終的に「がんになってよかった」と言える人は、がんになる前よりも、はるかに味わい深い人生を送っています。

Q2

増田

もし、自分自身、もしくは家族ががんに罹患した場合、お互いの関わり方や心構えなどあれば教えてください。

A2

保坂先生

自分ががんになったらネガティブ思考から脱却する方法を知っておく。家族には遠慮せずやってほしいことを言い合う

がん患者さんは、"ネガティブ思考"になりがちです。もし自分ががんになったら、ネガティブ思考から抜け出す方法を覚えておきましょう。

たとえば、乳がん患者さんのネガティブ思考の堂々巡りは、こんな感じです。

「乳がんになった」⇒「再発したらどうしよう」⇒「転移したらどうしよう」⇒「乳がんになってさえいなければこんな心配はしなくてもよかった」⇒「でも実際に乳がんになってしまった」

と出発点に戻ります。

この負の連鎖から、どう抜け出せばいいのでしょうか?

この連鎖からポーンとスピンアウトするには、ちょっとした脳の性質を知ることが大切です。それは、「脳はたったひとつのことしか考えられない」という性質です。

まず、自分が夢中になれるものは何かを考えてください。

料理や、ガーデニング、他にも編み物、ヨガと言う人もいます。

何も思いつかない人におすすめなのは、「お風呂場のタイル磨き」。30cm四方でも十分ですが、綺麗にしようと思うと結構はまるものです。もしくは、タンスの引き出しの一段だけ整理することでもいいのです。家の中の片づけと、堂々巡りの負の連鎖から抜け出せる、一挙両得になるはずです。

また、家族との関わり方ですが、自分ががんになったら家族には「何をやってほしいかを遠慮せず言うこと」。また、家族ががんになって何をしてあげたらいいかわからないときには正直に、「何をやってあげたらいいのかわかならない...、何をやってあげたらいい?」と質問することが大切です。

家族だからこその遠慮(家族間の遠慮)があって、コミュニケーションがとれずにいる家族も少なくありません。

たとえば、乳がん患者さんと話していると「夫は理解がない」「夫の協力がない」などと言う患者さんが予想外に多いことに気づきました。

ただ、奥様(患者さん)抜きで、ご主人(家族)と話してみると、十分に心配されているのです。しかし、それがどうも奥様(患者さん)には伝わらないようなのです。

もう少し話していくと、がん患者である妻のために何かやってあげたいが「何をやったらいいのかわからない」と思っているようなのです。

それに対して、乳がん患者さん自身(患者さん)は、「家族に言うのは申し訳ない」と思っていることが多いのです。「子どもの世話ができない」「料理の支度ができない」「買い物に行けない」と、病気によって妻や母親としての役割が果たせなくなったことに罪悪感を抱いているのです。「余計なお金がかかってしまって家計に迷惑をかけている」と泣く人もいます。

何をやったらいいのかわからない夫と、申し訳ないと思っている妻が同じ家にいると、結局どちらからも話しかけることができずに、無言の時間が多くなります。

この"家族間の遠慮"に対して、ご夫婦を一緒に呼んで3人で話し合います。その場で互いの気持ちを表現してもらってから、ご主人には「"いま何をやってあげたらいいの?"と奥様に直接に訊いてください」と助言します。そして、奥様には「今は治療が大変な時期なので甘えていいのです。元気になったら、また家族のために尽くしてあげてください」と言っています。

こんなことも、もしものときのために頭の隅に置いておいてください。専門的には、"夫婦療法""カップル・セラピー"と言いますが、1回でもこのようなセッションをもつと非常に有意義です。

Q3

増田

もし、大切な人を亡くしたら、どのように乗り越えたらいいのか、今からできる心構えや鍛錬法(予防法)などはありますか?

A3

保坂先生

脳が勝手に考えている"悲しみ"におびえない。マインドフルネス瞑想で「今、ここ」に集中すること

事実、大切な人を亡くした後、1年間は病気にかかったり、急死するリスクが高いと言われています。ですから、大切な方を亡くした後の1年は、周りの方が注意深く、温かく見守ることが大切です。

大切な方を亡くして、ネガティブ思考に押しつぶされ、抑うつ的になってクリニックにいらっしゃる方は多いです。

人の悲しい結末のブログを読み漁って、結果的に"悲しく"なってクリニックにいらっしゃる方もいます。3年後に生きているのかどうかが心配だと言う患者さんもいます。

これは、"脳が考え出したことに圧倒されている状態"です。

脳は、自分自身よりも上位にあるという考え方(上位概念)や"脳=自分自身"と思っている方は多いですが、私に言わせれば違います。

腎臓が尿を作る臓器、心臓は血液を全身に送り出す臓器、肝臓は解毒機能を持つ臓器。同じ意味で、"脳は考える臓器に過ぎない"と思ったほうが、自分自身の精神衛生上は有意義です。脳が勝手に考え出していることにおびえる必要はありません。

そして、脳はもともと"根暗な臓器"です。過去を考えさせると、後悔のネタばかり探しますし、将来を考えさせると不安の種ばかりを探そうとします。

大事なのは、「今、ここ」への集中です。

私たちは、実は過去にも未来にも留まっているのではなく、「今、ここ」に存在するだけ。これが連続的に続いているだけです。

では「今、ここ」に集中するにはどうすればいいのか?それが "マインドフルネス瞑想"です。

マインドフルネス瞑想の極意は、「今、ここ」への集中。いろいろな導入方法はありますが、今は呼吸に集中する瞑想法をお話しします。

呼吸法は、鼻から吸って鼻から吐くという方法です。

「今、ここ」への集中のためには、「腹式呼吸」をしながら「呼吸の実況中継」をします。前回お話した「腹式呼吸」の仕方は、2秒で息を吸ったら4秒で吐く、3秒で息を吸ったら6秒で吐く、でした。吐く方に約2倍の時間をかけます。

「呼吸の実況中継」とは、息を吸いながら「今、冷たい空気が鼻の中に入ってきている...今、冷たい空気がのどの奥を通っている。今、外から入った空気が気管支に届いた...」。

次に、息を吐きながら「今、温かい空気が肺から出てきている...その空気が気管を上ってくる...暖かい空気がのどの奥から鼻のほうに入って来る...暖かい空気が鼻から外に出て行く...」と頭の中で実況放送をするのです。

これに集中していると、脳は余計なことを考えられなくなります。"脳はひとつのことしか考えられない"特徴を利用しています。

ただし、そのうち雑念が入って、呼吸から意識が逸れてしまうことが必ずあります。それに気づいたら、「呼吸、呼吸」と言いながら、また呼吸に集中し「冷たい空気が今、鼻から入ってきました...」と繰り返します。これは練習です。エクササイズですので、練習によって必ず上手になっていきます。

Q4

増田

もしも、将来がんになって、保坂先生のクリニックに行くことが難しい場合、サイコオンコロジーを受けられない地域では、がんの心のケアをどうしたらよいでしょうか

A4

保坂先生

"ソーシャル・サポート"を受け合える人間関係を築いておけるといいですね

"ソーシャル・サポート"という言葉があります。ある人の周囲にいて、その人をさまざまな意味で助けてあげる人のことを言います。

どんな人たちを想像すればいいのかというと、配偶者・パートナー・兄弟姉妹・親・子供・親友・同僚・近所の人・趣味で知り合った人などさまざまです。

このソーシャル・サポートを構築しておくと、もしものときのために、非常に役立ちます。「ソーシャル・サポートのない人は、ある人に比べて、病気になりやすい」という研究結果があるからです。

これは、ひとり暮らしの方が暴飲暴食をして、それを注意したり、健康に悪い生活習慣を注意してくれる人がいないと、メタボをはじめとして病気になりやすいといった例からもわかります。

別の研究では「ソーシャル・サポートのあるがん患者は、ないがん患者よりも、長生きする」というデータもあります。「自分は一人ではない。頑張ろう」という気持ちががんの経過に良い影響を与えるのです。

患者会で知り合う仲間同士の助け合いなども大切で、やはり同じ病気の人同士のほうが気持ちを理解したり、共有しやすいようです。

ソーシャル・サポートには、情緒的手段的情報的という種類があります。

まず、"情緒的ソーシャル・サポート"とは、話を聞いてくれて共感してくれる相手のことです。少なくとも2?3人の方が大抵の方には既にいらっしゃるようです。

"手段的ソーシャル・サポート"とは、たとえば抗がん剤の治療をする際に病院まで車に乗せてくれたり,代わりに子供を迎えに行ってくれる人たちのことです。ひとり暮らしの方の場合には、何かあったら食事の世話をしてくれるとか、救急車を呼んでくれるような人たちです。

"情報的ソーシャル・サポート"は、病気のことやセミナーや催しについて、ネットや広報を利用して情報を集めてくれる人たちです。医療者(主治医や病院の看護師やソーシャルワーカー、相談員など)が入っているといいと思います。

これらのソーシャル・サポートが人生を充実させ、健康を維持させ、病気になったときには助けになってくれるのです。

いざというときのために、周囲を見渡し、ソーシャル・サポートとなる人に気づき、関係を強固にしておきましょう。もし思い当たる人がいない場合や,「ソーシャル・サポートは夫ひとりだけ」という人は今からつくりましょう。

特に"手段的ソーシャル・サポート"はお互いさまのことですから、今から「何かあったらお願いね」とか「助け合おうね」と言っておくといいでしょう。

また、現在、全国各都道府県にあるがん拠点病院の相談室が約400施設ありますが、そこの相談員(看護師、ソーシャルワーカー)の方に、TV電話でつないでサイコオンコロジーについて学んでもらい指導を行おうと思っています。それが実現すれば全国各地でサイコオンコロジーを受けることができるようになります。

Q5

増田

最後に、保坂先生から、読者に向けて、心のあり方に関する総括的なアドバイスをお願いいたします。

A5

保坂先生

"認知の歪み"を修正し、ネガティブ思考→ポジティブ思考に自分を導くこと。ぜひ、そんな心の鍛錬を!

認知療法という治療スキルがあります。

日常で出合う出来事をどのように認知して、どのように行動するかは、その人がこれまでの人生で学習してきた総集編でもあります。

たとえば、がんと言われショックで、「死んでしまうのだ」という感情に至った場合、多くは「がん=死」という自動思考が根底にあります。

その根拠は、なんでしょうか?親戚の方ががんで亡くなった、がんで亡くなるテレビドラマを見たなどが根拠になっているだけではないでしょうか。

事実の受け止め方も"歪み"があることが多く、これを"認知の歪み"と言います。

たとえば、「術前化学療法をするってことは、私のがんが手術できないくらい大きいってことですね」という言葉にもネガティブな認知が見て取れます。

また、「私に再建の話をしてくれなかったのは、再発のリスクが高いからなんでしょうね」という言葉にもどこかネガティブな考えが潜んでいるように感じます。

この"認知の歪み"を修正するのが"認知療法"です。

"がん=死"本当にそうでしょうか?

今の日本は、「2人に1人以上(50数%)が一生で1回はがんにかかり、10人に3人(約30%)ががんで死ぬ時代です」。では、引き算した残りの20数%のがん患者さんはどうなっていると思いますか?

現在、この領域の医学・医療の進歩はすさまじく、"克服できるがん"が増えてきています。がん患者さんの半分はがんを克服する、あるいは、経過観察中に別の病気で亡くなるか、天寿を全うして老衰で亡くなるのです。決して"がん=死"ではありません。

日本人にはまだ「がん」と聞くと、「最後は痛みで七転八倒しながら亡くなる」という図式が刷り込まれています。

しかし、今やがんは生きられる病気となり、がんになったことで新たな視野や世界が広がることもあるのです。

このように、正しい情報を知ること。そして、"認知の歪み"を修正して、ネガティブ思考でなく、論理的に正しい思考に自分を導くこと。ぜひ、そんな心の鍛錬を普段からしてほしいと思います。そうすれば、万が一、がんになっても怖くないはずです。

保坂先生著書の本。詳しくはこちらから

私もがんを経験したひとりであり、長年医療を専門に取材を重ねています。日本のがんに対する医療技術や医療機器は、世界でも高い水準にあると思います。けれども、心のケアやサポートは、まだまだ遅れていることを実感しています。もっと日本でも、サイコオンコロジーが身近な存在になってくれれば、がん患者さんの心が救われ、治療が快適に進み、患者さんのQOL(生活の質)も上がるのではないかと思っています。保坂隆先生にこれからもさらに、「がん患者さんと家族の心のケアの重要性」を普及していただきたいと思いました。(医療ジャーナリスト/乳がんサバイバー 増田美加)