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#医療従事者インタビュー

後編 山内英子先生に伺いました
「乳がんの遺伝子検査を受ける? もし、遺伝性乳がん・卵巣がん症候群とわかったら?」

2019.6.13

「乳がんに罹患し、娘に遺伝しているかが心配。遺伝子検査を受けて、もし陽性だったら...」「乳がんになった母が遺伝子検査を受けて陽性だったら、私や姉は予防のために乳房をとったほうがいいの?」。遺伝子検査をするのかしないのか、その結果、陽性だったらどうしたらよいのか...。アンジェリーナ・ジョリーさんのように、乳がんになる前に何らかの治療をするのかどうか...。遺伝子検査をめぐっては、不安や疑問、迷いが渦巻きます。乳がんの現場で、多くの女性たちの悩みに接している山内英子先生だからこそ話せる、その実情を詳しく伺います。

取材・執筆/増田美加(女性医療ジャーナリスト)
プロフィールはこちらから

山内 英子先生

やまうち ひでこ
聖路加国際病院副院長、乳腺外科部長・ブレストセンター長

【ご略歴】

1987年
順天堂大学医学部卒業
1987年~
聖路加国際病院外科レジデント、外科医員
1994年~
ハーバード大学ダナファーバー癌研究所研究助手
1996年~
ジョージタウン大学ロンバーディ癌センター研究フェロー/助手
2001年~
ハワイ大学外科レジデント、チーフレジデント、外科集中治療学臨床フェロー
2007年~
南フロリダ大学モフィット癌研究所 臨床フェロー
2009年~
聖路加国際病院乳腺外科

専門は、乳がんの手術治療、炎症性乳がん、遺伝性乳がん。手術をはじめ、あらゆる角度から患者に最適な乳がんの治療法を提案する乳がん治療のスペシャリスト。米国一般外科専門医、米国外科集中治療専門医。日本乳癌学会理事、日本HBOCコンソーシアム理事。
著書に『乳がんって遺伝するの? 遺伝性乳がん・卵巣がんのすべて』(共著・主婦の友社)、『実践! 遺伝性乳がん・卵巣がん診療ハンドブック』(編集・メディア出版)

【聖路加国際病院 ブレストセンター】
http://hospital.luke.ac.jp/guide/24_breast_surgery/index.html

後編  乳がんの遺伝子検査

Q1

増田

遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)の遺伝子検査は、どのようなものでしょうか?自分が乳がんになった場合の検査と、その血縁者の検査があると聞きました。その方法や費用についても教えてください。

A1

山内先生

本人向けと血縁者向けの2種類あります。検査は採血で、結果は約1か月で出ます。

遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)が疑われる場合に行う遺伝子検査は、BRCA1,BRCA2遺伝子を分析、解析して、病的な変異があるかどうかを調べます。
前回お話ししましたように、【遺伝性乳がん・卵巣がん症候群の特徴チェック】で疑わしく、遺伝カウンセリングを受けたうえで、納得して選択した方が受ける検査です。

この検査には、"発端者向け検査"と"血縁者向け検査"があります。"発端者向け検査"は、乳がんや卵巣がんを発症し、家族歴などをみて、HBOCであることを疑うきっかけになった人への検査です。
まず、その人が"発端者向け検査"を受けて、その結果が陽性だった場合に、その血縁者が"血縁者向け検査"を受けるのが一般的です。

検査方法は、採血です。もちろん日帰りで、採血前の食事制限などもありません。血液は検査会社に送られ、約1か月で結果が出ます。
費用は、自費診療で"発端者向け検査"は、約25万円。"血縁者向け検査"は約4~5万円です。

遺伝カウンセリングと遺伝子検査が受けられる全国の病院のリストは、こちらのサイトにあります。
【日本HBOCコンソーシアム】

また、検査結果は "陽性""陰性""未確定"の3通りあります。
"陽性"は病的変異が見つかったもの。"陰性"は病的変異が見つからなかったもの。"未確定"ははっきりしないものです。検査には限界があって、絶対はありません。

HBOCが強く疑われても、"陰性"の場合もあります。でも、だからといって、がんに関係する遺伝子すべてに、病的変異が絶対ないとはいいきれません。
がんにかかわる遺伝子は、わかっているだけでも40種類以上あります。現在の検査では見つからない、遺伝子の病的変異がある可能性もあるのです。
ですから、遺伝子検査で陰性だからといって、乳がんに決してかからないわけではありません。

また、"陽性"でも、必ず病気を発症するわけではありませんし、いつごろ発症するかも検査ではわからないのが現状です。

Q2

増田

検査を受ける前に、「家族に伝えるべきかどうか?」あるいは、「伝えない」という選択をする人もいますか?
また、事前に知っておいたほうがいいことがあれば、教えてください。

A2

山内先生

家族への相談は大切。結果も、伝えれば、有効に活用できます。しかし、"伝えない"という選択肢もあります。

遺伝子検査は、ほかの検査と違って、結果が自分だけでなく、親族に広く影響を及ぼします。結果が陽性だった場合、親や兄弟姉妹、子どもに同じ遺伝子がある可能性が50%になります。おじ、おば、いとこなどにもすべて可能性があります。すでにがんを発症しているか、していないか、男性か女性かも関係ありません。

ですから、事前に、家族に相談しておくことは大切です。

もしも、結果が陽性ならば、血縁者にはその結果を伝えて、"血縁者向け検査"を受けたり、病気の予防をするなど、結果を有効に活用してもらうことができます。

ただし、事前に検査をすることを話すことで、反対する家族がいる可能性もあります。また、血縁者に不安を与えたり、その人の将来などを考えて、陽性だと結果を伝えることを躊躇する場合もあります。

その血縁者との関係性によっても違いますし、だれに結果を伝えるか、いつ結果を伝えるか、そのタイミングなども、事前に考えてから検査を受けたほうがいいと思います。

自分だけではうまく話せない場合、遺伝カウンセリングに一緒に来てもらって、話を聞いてもらうのもいいでしょう。

もちろん、家族の心の負担を考えて悩んだ末に、ご自身は検査を受けたものの、血縁者には"伝えない選択"をした方もいます。

大切なことは、どのような結果が出たとしても、その結果を自分のため、家族のために有効に生かせると思えるかどうかです。
結果で得られるメリットが少ないと考えるなら、カウンセリングを受けて、検査をしないという選択もあります。

一度、検査を断っても、また時間が経ってから検査を受けることもできます。
たとえば、ある女性は、遺伝子検査を考えた末、一度は断念しました。でも数年後、血縁者に乳がんや卵巣がんが発症したことで、家族歴が変化し、「やはり...」と言って、検査を選択した方もいます。

Q3

増田

遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)とわかったあとのことを伺いたいです。まだがんにかかっていないHBOCの方の早期発見のための検診は、どのような検査をどのような間隔で受ければよいでしょうか?
保険が利く検査はありますか?

A3

山内先生

一般の人より若いときから検診をして、早期発見をすることは重要。
しかし、いずれも保険は適用されません。

遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)の人の場合、一般の人より若い年齢でがんを発症しやすい特徴があります。そのため若いうちから、こまめに検診を受けることで、早期発見して早期に治療して、命にかかわらないうちにがんを退治するという対策があります。

HBOCの日本人に合わせた検診法はまだ確立していませんが、現在、アメリカのガイドラインを参考に行われています。
・自己(セルフ)チェック(触診)  18歳から毎月1回
・医師による問診・視触診  25歳から6か月に1回
・MRI検査  25歳から29歳、年1回
・マンモグラフィとMRI検査  30歳から年1回、あるいは血縁者の中で最も早い乳がんの発症年齢から毎年1回(必要に応じて二つの検査を組み合わせて行う)

マンモグラフィで気をつけたいことは、BRCA遺伝子に病的変異があった場合、30歳未満でマンモグラフィを行うと、乳がん発症のリスクが高まるという論文があります。そのため若いうちのマンモグラフィ検診は、避けたほうがいいという考えもあります。HBOCの人の場合、30歳以上であれば、マンモグラフィによるリスクは一般の人と変わりません。

また、MRI検査は、遺伝性乳がんのようにリスクの高い人への検診として、使うことが推奨されています。ただし、欧米人とは異なり、日本人は乳房が大きくないので、超音波検査でもいいのではという考え方もありますが、まだ結論は出ていません。

費用は、医師の視触診、マンモグラフィ、超音波、MRI、いずれの検査も自費診療で、保険は適用になりません。MRI検査は自費診療だと、約3~5万円かかります。

また、卵巣がんは、一般的には早期発見のための検診はなく、乳がんに比べて早期発見が非常に難しいがんです。
しかし、HBOCの人には、経腟超音波検査、腫瘍マーカー(CA-125)を30歳から、あるいは血縁者の中で最も早いがん発症年齢の5~10歳若い年齢から、6か月に1回と考えられています。

このように、HBOCとわかった人に検診が重要なことは間違いありません。しかし、どんな検診を受けていくかは、一人ひとりの状況を考えて、主治医と相談しながら進めるのが、最善と思います。

Q4

増田

HBOCの方が、乳がんや卵巣がんにかかる前に、予防的に治療したい場合、どのような治療になるのでしょうか?アンジェリーナ・ジョリーさんのように、乳房や卵巣を予防的に切除する治療も行われているのでしょうか?

A4

山内先生

がんの発症を減らすための対策は検診、薬物療法、手術の3つです。

現在、遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)の方が乳がんや卵巣がんの発症する可能性を減らすために、考えられる予防的な対策は3つあります。

ひとつは先ほどお話した、早い時期からの継続的な検診です。二つめは、ホルモン剤を使用する薬物療法。そして、3つめは、手術によって、乳房、卵巣・卵管を切除する方法です。

今、日本でも、アンジェリーナ・ジョリーさんが行ったような、がんを発症する前に、予防的に手術で乳房や卵巣・卵管を切除できる施設は少しずつですが、増えてきています。アメリカでは、HBOCと診断された人の約半数が手術を選択しています。

HBOCの人は、乳房を全摘することで、乳がん発症の可能性を約90%低下させることができるといわれています。ただ、乳房を失う喪失感などのマイナス面もいくつかあることを、事前に十分理解して行う必要があります。

また、HBOCの人が卵巣がんを発症するリスクは、35~40歳で上昇します。医師と十分な相談を重ねながら、希望があれば妊娠、出産を終えた段階で卵巣・卵管を切除することが考えられます。卵巣・卵管を切除すると、卵巣がん発症リスクはゼロにはなりませんが、発症確率はぐんと低下し、さらに乳がんの発症の可能性も低くする効果もあります。 

聖路加国際病院では、2011年~2018年で、HBOCの方が、がん発症リスクを低減するために予防的に乳房や卵巣・卵管の切除手術をしたケースは、約100名です。

手術費用は、すべて自費のため、健康保険適用外のため、施設によって異なります。一般的には片側の乳房で約20万~50万円、両側乳房で約50万~100万円。卵巣・卵管の手術は約40万~60万円です。

薬物療法として、乳がんの発症リスクを減少するために使われているのは、タモキシフェンというホルモン剤です。1日1回、錠剤の内服で5年間継続します。副作用は、更年期障害のような症状、月経異常などです。また投与中は、避妊が必要です。

卵巣がんの発症リスクを下げる薬物療法は、経口避妊薬(低用量ピル)が使われます。おもな副作用は、使い始めに起こる頭痛、軽い吐き気、不正出血などです。

これらは、いずれも予防的治療のため、日本ではまだ健康保険の適用が認められていません。タモキシフェンは、1か月およそ1万円程度。経口避妊薬(低用量ピル)は、1か月およそ3千円前後です。

Q5

増田

HBOCの方が乳がんにかかった場合、通常の乳がんとの治療法の違いはありますか?

A5

山内先生

はい、あります。HBOCの方は、乳がんになった同じ側の乳房にもまたがんが出てくる可能性が高くなります。
そのため、乳房全摘を選ぶこともあります。

BRCA1、BRCA2遺伝子に病的変異があると、がんを切除した同じ側の乳房にまたがんが出てくるリスクが高まります。局所再発においても同側乳がんの局所再発は、家族歴のない人が7.8%に対し、遺伝子の病的変異がある人は16.3%というデータもあります。

そのため、HBOCの方は、乳房を残さず(温存せず)乳房全体を切除する乳房全摘術(乳房切除術)を選ぶこともあります。乳房を全摘しても、ご本人が希望すればもちろん乳房再建手術は可能です。

また、2018年7月に、「オラパリブ(リムパーザ®)」というお薬がHBOCの方に使えるようになりました。このお薬は、がんの抗がん剤治療(化学療法)の経験があって、BRCA遺伝子の変異が陽性で、HER2(ハーツー)が陰性の人の再発乳がんに使えます。

このお薬を使うために、抗がん剤治療をしたことがある再発乳がんの方が、BRCAの遺伝子検査を受ける場合に限って、遺伝子検査も保険が使えます。

このように、HBOCかどうかを遺伝子検査で知ることによって、治療の選択の幅も広がってくるのです。

Q6

増田

最後に、乳がんを経験した人で、家族性や遺伝性に不安を持っている方へのアドバイスをお願いいたします。

A6

山内先生

ご自分の体の情報を得て、知識を増やすことで、今後の治療にも大いに役立つと思います。

不安に感じている方は、家族性や遺伝性の乳がんである可能性が高いかどうかをまず、ご自分で【遺伝性乳がん・卵巣がん症候群の特徴チェック】を行ってみましょう。そして、もし、当てはまる項目があるようでしたら、主治医に相談してみてください。

その結果、遺伝カウンセリングを受け、遺伝子検査を受けることも考えてみましょう。お話しましたように、HBOCかどうか、そうでないかがわかることで、新たな知識が増え、今後の治療方針が変わったり、治療の選択肢が広がったりして、よりご自身に合った治療を選ぶことができます。ご自身の体を知ることは、みなさん自身の力になると思います。

取材を終えて

家族性や遺伝性の不安をずっと抱えているのに、遺伝子検査を受けることに踏み切れない女性たちもいます。その奥には、家族性、遺伝性の病気であることを知られたくない、知りたくない、という日本人特有の見えない壁があるように思います。それは、ある意味マイノリティへの差別にもつながります。

いまやがんは早期に発見すれば、治る病気になりました。働きながら、がん治療をする時代でもあります。私も含めて、がんが治った人もたくさんいます。
それなのにいまだに、がんであることを隠さなければ社会復帰できない...、遺伝性のがんであることを隠さなければならない...日本。
2人に1人ががんにかかる時代。私たち一人ひとりが自分事として、もっとがんへの理解を深め、遺伝性の病気のことを正しく知ることが求められています。

そうすれば、遺伝子検査で、遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)であることを積極的に知って、その情報を有意義に予防や治療に生かし、前向きな人生を送れる人が増える日本になるはずです。

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