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#インタビュー

サイコオンコロジーの第一人者、精神科医の保坂隆先生に伺いました
「がん患者さんと家族の心のケア、サイコオンコロジーとは?」

2018.05.30

男女とも2人に1人ががんにかかる時代。特に、30代、40代、50代の女性のがんリスクは、男性を上回っています。仕事も家庭も忙しい女性たちががんという病気にかかったら...。そんな今だからこそ、がん患者さんの心のケアの重要性が叫ばれています。患者さんだけではありません。家族も第二のがん患者です。がん患者さんと家族は、がん告知からどのように揺れ動き、がんを受容できるようになるのでしょうか。そして、どのような心のケアがあれば、がんを乗り越えられるのでしょうか。
日本で最初にサイコオンコロジー(精神腫瘍学せいしんしゅようがく)の重要性を唱え、患者さんと家族の心のケアを今も続けている腫瘍精神科医の第一人者、保坂隆先生にお話を伺いました。

取材・執筆/増田美加(女性医療ジャーナリスト)

保坂隆先生

ほさかたかし/保坂サイコオンコロジー・クリニック 院長
慶応義塾大学医学部卒業。1990年カリフォルニア大学ロスアンゼルス校(UCLA)精神科に留学。がん患者の心のケアについて学ぶ。帰国後、がん患者さんの心のケアを目指す専門学会「日本サイコオンコロジー学会」を再整備。サイコオンコロジーを専門とする精神科医として診療。東海大学医学部精神科学教授ほかを経て、2010年、聖路加国際病院リエゾンセンター長、同精神腫瘍科部長のち、2017年7月,聖路加国際病院定年退職。同年8月、保坂サイコオンコロジー・クリニック院長に就任。聖路加国際病院 診療教育アドバイザー,ほかに聖路加国際大学臨床教授、京都府立医大客員教授、横浜市大客員教授,昭和大学医学部客員教授,東京医科歯科大学医学部非常勤講師などを兼務。
保坂サイコオンコロジー・クリニックhttp://psycho-oncology-clinic.com/
保坂先生のサイコオンコロジーに関するブログはこちら

Q1

増田

保坂先生が普及を進められているがん患者さんと家族への「サイコオンコロジー(精神腫瘍学)」とは、どのようなものなのでしょうか?

A1

保坂先生

サイコオンコロジーは"がんが心に与える影響"と"心ががんに与える影響"を考えてアプローチする方法です

サイコオンコロジーは精神腫瘍学と訳しますが、がん患者さんや家族のケアを意味しています。

2人に1人ががんにかかる時代。がん患者さんや家族の心のケアが大切だということは、誰もが思うのですが、具体的なことはあまり知られてはいません。

サイコオンコロジーが扱うのは、ふたつの異なった側面です。ひとつは、"がんが心に与える影響"。もうひとつは、"心ががんに与える影響"です。

ひとつ目の"がんが心に与える影響"ですが、がん患者さんは、告知されてから治療経過中にショックやストレスを受け、特別な心のケアが必要な状態になると言われています。

ふたつ目の"心ががんに与える影響"は、がんの治療中にうつ病など精神疾患に罹患すると心がつらいばかりでなく、治療意欲の低下などが生じます。

心の状態は、日常生活だけでなく,免疫機能が低下し、がんが悪化することもあります。逆に、心の状態がよければ、前向きになり,がんに対しても積極的な治療を続けられることにもつながるのです。

しかし、実際に「サイコオンコロジー(精神腫瘍科)」という診療科がある病院は、まだ数少なく、2017年まででサイコオンコロジーがある施設は、各都道府県にあるがんセンターの精神科などを除くと数か所です。

今後も広く社会に向けて、がん患者さんとご家族の心のケアの重要性を普及していきたいと思っています。

Q2

増田

私も乳がんを経験した一人ですが、がんを告知されたときはショックでした。告知後の患者さんの心がどのように変化するのか、がん患者さんの心境に共通する傾向はありますか?

A2

保坂先生

告知後、患者さんの心は、受容と否認をくり返しながら、がんを受け入れ治療へと向かう"適応的行動"へと向かいます

がんと告知されると誰もがショックを受けます。けれども、人間はそれほど弱い生き物ではありません。なんとか自分で、あるいは家族や友人の助けを借りて、ショックから立ち直ろうとします。情報を集めたり、医師に質問したり、セカンドオピニオンを受けたり、がんを受容して治療の方向へと進みます。こうした行動を"適応的行動"と言います。

このようなアクションをとるまでに、人によって差はありますが、1週間から数週間かかると言われています。

けれども、なかなかこの適応的な行動がとれず、泣いていたり、引きこもったり、眠れなくなったりすることを,精神医学では"適応障害"と言います。適応障害が長く持続した場合には、"うつ病"に発展していく可能性も高くなります。

精神腫瘍医は、この適応障害の患者さんの相談にのり、なんとか適応行動がとれるようにカウンセリングや問題解決技法を一緒に考えるなどの援助をします。

がん患者さんは告知された後、心理的には次のように変遷していきます。

最初の2〜3日間は「まさか」「やっぱり」など、多くの患者さんはこの時期を振り返り、「ショックで頭の中が真っ白だった」と言います。この時期を「衝撃の段階」と呼んでいます。

その後、心の動揺が1〜2週間続く段階を「不安定段階」と言います。楽観的になったり、悲観的になったり、心が不安定になる時期ですが、これも2週間を経過すると徐々に落ち着いてきます。

やがて第3段階で、がんに対して真正面から取り組み始めます。この第3段階が「適応段階」と呼べる時期です。

このように患者さんの心は時間とともに変化していきますが、この段階が一直線に変化していくのではなく、私は、人の心は、図のような「波線モデル」で変化していくと考えています。

© 保坂隆先生作成資料

がんと告知されて、一度「受容」の方向に振れたとしても、夜になれば「夢であったらいいな」と「否認」する方向に振れてしまう。

しかし、翌週に検査の説明があると「やはり自分はがんだったのか」と「受容」の方向に動く、けれどもやはり夜になると「誤診だったかもしれない。セカンドオピニオンを求めようか」と「否認」する方向に戻る。

このように、がん患者さんの心は、「受容」と「否認」の間を行ったり来たりしながら、時間の経過とともに、「受容」する方向に向かっていきます。だから、そのときどきで考えるといったん「受容」したように見えても、すぐに「否認」の方向に後戻りすることもあると考えたほうがよいのです。

この「波線モデル」に、適応に達していない状態の「適応障害」や、さらに「うつ病」に陥ってしまう場合があることも示しています。図には、それぞれの発生頻度も示しました。

Q3

増田

患者本人だけでなく、その家族はどのような精神的負担があるのでしょうか?その心の問題についても教えてください。

A3

保坂先生

「家族は第二の患者」とも言えます。特にがん患者さんの家族は、ふたつの役割を担うことになるため、負担が大きくなりやすいのです

がん患者さんの家族も、さまざまな心の状態にあるため、心理的なサポートが必要だと強く思います。まさに、「家族は第二の患者」と言えます。私の外来にも、家族の方だけが相談にみえることがよくあります。

しかし、この「第二の患者」という意味は、がん患者さんの家族の場合、別の特別な理由や背景があります。

実は、がん患者さんの家族は、矛盾したふたつの役割やポジションを担っているのです。そのため心と身体への負担が相乗的に増し、心身の不調をきたしやすいのです。

具体的には、【がん患者の家族の役割】の図に示したように、愛する人ががんと告知された家族自身も、ショックを受け、心が傷つき、精神療法的なかかわりを必要としている"患者的側面"の立場にいます。

しかし、その一方で、がん患者である大切な家族を支えていくという、"治療者的側面"(コセラピストとしての役割)が同時に期待されているのです。

© 保坂隆先生作成資料

患者的側面では、「いつか将来、大切な家族を失っていくんだろうなあ」というしみじみした情緒をともなった状態で、専門的には「予期悲嘆」といいます。

それに対して、治療的側面では、目の前の家族(がん患者)に対して、明るい笑顔で「頑張ろうよ」とか「頑張ってよ」と振る舞わなければいけないのです。

ひとりのときには、人知れず泣いているのに、患者である家族と一緒のときには笑顔を作っていなければならない...。

サイコオンコロジーの治療では、家族が患者的側面と治療者的側面の両方を持ち合わせていることを理解して、それぞれの側面に対するアプローチをしていきます。

患者的側面に対しては"支持的精神療法"という方法で、家族の気持ちを聞いてカウンセリングを行います。一方で、治療者的側面に対しては"スーパービジョン"という家族が患者を支えるための具体的な言葉かけの仕方や看護の方法などの技術を教えていくことになります。

Q4

増田

私もそうでしたが、がんという病気が大きな負担を患者さんと家族の心に与えることがよくわかりました。その中でがん患者さんや家族が、うつ病や適応障害にかかることはよくあることでしょうか?

A4

保坂先生

がんによって心の病気にかかるのは3人に1人。しかし残り70%の人はなんとか適応できていきます

がん患者さんが、うつ病、あるいは適応障害と診断される割合は、30%前後と言われています。3人に1人、決して少なくはありません。

しかし逆に言えば、残りの70%くらいの方は、がん告知や治療や入院という大きなストレスに遭遇してもなんとか適応できていることを意味しています。人間はそれほど弱くない、ということです。

Q2でお話したように、いずれにしても周囲の助けを得ながら、なんとか適応障害に陥らず、2週間くらいで新しい状況(がんに罹患したこと、再発したことなど)に適応できることのほうが多いのです。

一般に、がん患者さんの場合、適応障害になりやすい危険因子には、下記のようなものがあります。これらの因子が多ければ多いほど、適応障害になりやすいという意味です。

適応障害は2週間以上長引くと、うつ病という診断に変わっていく可能性が高いので、ここにあげた危険因子は、同時にうつ病の危険因子ということにもなるのです。

この危険因子の中には、修正できるものも多いはずです。自分や家族だけでは修正できない場合、ぜひ病院の医師、看護師、ソーシャルワーカーなどに相談してください。

Q5

増田

サイコオンコロジーでは、実際どのような方に、どのような治療を行っているのでしょうか?

A5

保坂先生

がんの患者さんと家族にカウンセリング、グループ療法、運動療法などを行います。お薬を処方する場合も約半数あります

私のクリニックでは、サイコオンコロジー(腫瘍精神科)として、がんに関係した次のような患者さんや家族の方を診療しています。

・がんの告知を受けてショックを受けている患者さん
・家族ががんになり、患者さん本人の前では泣けないご家族
・がんが転移、または進行して絶望的になっている患者さんとそのご家族
・最愛のご家族をがんで亡くされて絶望的になっているご遺族
・その他、がん診療について悩んでいらっしゃる方

診療方法としては、個人カウンセリング夫婦療法(ご夫婦を対象にしたカウンセリング)、家族療法(3人以上、あるいは子供さんを加えたカウンセリング)、グループ療法(乳がん患者さん数名を対象としたカウンセリング)、薬物療法運動療法マインドフルネス瞑想などの方法を用いて、ひとりひとりに合った方法で治療します。

治療法では、半数の方は"精神療法"や"リラクセーション"などで対応しています。残りの半数は、薬物療法(うつ病に対する抗うつ剤、一時的な不眠に対する睡眠導入剤,不安への抗不安薬の処方)になります。

私は「できれば薬は出したくない」医師ですが、調べてみたら「約半分の患者さんには薬を処方していた」という事実に驚きました。うつ病への抗うつ剤、不眠への睡眠導入剤,不安への抗不安薬の処方がほとんどです。

その後の経過は、短期間で症状改善のために治療を終結したケースが約30%ありました。がん患者さんの場合、もともとの精神機能は脆弱ではなく健康的なので、少しのサポートで回復するのです。

一番大変なのは、告知後2〜3ヶ月の時期で、そのときだけ周囲の方が意識してサポートしてあげれば、患者さんたちは本来もっている力で乗り越えていけることを意味しています。

サイコオンコロジーの治療法の中で、私は乳がんの患者さんには"グループ療法"がとても適していると思っています。

アメリカのスタンフォード大学で行われていた方法で、集団の中で自分自身の病気について話し合い、個人的なことを言語化するのですが、日本人には苦手と思われがちでも、実際にグループ療法を行ってみると,日本人でも十分に情緒状態の改善が見られることが確認されたのです。

グループ療法では,患者さん5〜6人を1グループとして、週1回1時間半ずつ3〜5回セッションで行います。

このようなグループ療法は、現在のところ行っているのは私のクリニックだけかもしれません。日本で広がらない大きな理由は、診療報酬化されていないからだと思います。

また、④の"リラクセーション"は、不安や不眠に対して効果的ですので、連続的に行えるように練習しておくと便利です。

⑤の"イメージ療法"は、さまざまなイメージを抱く方法です。「これまで行った旅行先でノンビリとくつろいでいるところを想像してみましょう。その際に五感をできるだけ使って、どんなものが見えて、どんな音や声が聞こえて、どんな匂いがして、頬をなでていく風はどんな感じなのかを具体的に感じてみましょう。2分間くらい続けてみます。では、始めてみましょう」といった誘導になります。

また、"運動療法"も効果的です。運動でうつ病が治るという研究報告が多数出てきているからです。しかし、運動には、抗うつ剤と同じくらいの効果があることを日本の医師はまだあまり知りません。そこで私は仲間と、運動を精神疾患に応用しようと10数年前に「日本スポーツ精神医学会」を作ったくらいです。

運動の種類は、有酸素運動でも無酸素運動でもいいということがわかっています。ジョギングでも筋トレでも良いのです。

私は日本体育協会公認のスポーツドクターでもあるので、運動については細かく指導します。まずは,その患者さんが過去にやってきた運動をすすめています。たとえばジョギング、ウォーキング、水泳、筋トレなどを週3回行うようにすすめます。時間は最低でも45分間。このように運動の回数や頻度を教えることを「運動処方箋」と言います。

運動をしてこなかった人やジムにも行きたくない人には、診察室がジムに変わり、正しいスクワットの仕方を教えます。そして、自宅で腹筋とスクワットを毎日やっていただきます(運動強度が高くないので頻度を多く)。

でも中にはどうしても運動はしたくない、スクワットもしたくないという方もいらっしゃいます。そんな方には「あの森光子さんもやっていましたよ」というマジックワードを使うと効果抜群です。

保坂サイコオンコロジー・クリニックの待合室、
清潔感がありリラックスできる空間。

保坂先生は,サイコオンコロジーに関するブログも始めたそうです。ぜひ参考までにご覧ください。

次回【後編】では、サイコオンコロジーの第一人者、精神科医の保坂隆先生に、『自分、または家族ががんになった場合、今から準備できることはありますか?』と題して、今後、万が一、自分や家族ががんになったときに、心のケアのために今から準備できることや心構えについてお尋ねしました。お楽しみに!