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読 む乳がん体験者・医師インタビューなど配信中。New 10/01UP

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#インタビュー

イラストレーター柏原昇店さんに 家族で乳がんに向き合うこと、
支え合うことの大切さを教えていただきました。

2019.10.01

イラストレーター・柏原昇店さんが語る「妻が乳がんになったとき」

 イラストレーター・柏原昇店さんの奥さまの乳がん(浸潤性乳管がん)が発覚したのは今から4年前のこと。当時の奥さまの年齢は37歳。1歳半、5歳、9歳のお子さまとともに幸せに暮らす中、医師から告げられたのは「ステージIII C」というとても厳しい現実でした。
抗がん剤治療、摘出手術、放射線療法を経て、現在はホルモン療法を継続中。そんな闘病を一番近くで支え、乳がん発覚から現在までの日々を時にユーモアたっぷりのマンガにしたためて発表されている柏原昇店さんに、家族で乳がんに向き合うこと、支え合うことの大切さを教えていただきました。

藤井郁美さんのプロフィール写真

柏原昇店(かしわばらしょうてん)さん

大学卒業後、映像業界から広告業界を渡り歩きイラストレーターへ。
主にコミカルなイラストや、漫画・キャラクターデザインを得意とし、メディアを問わず活躍中。
自身の4コマ漫画blog「ちびといつまでも」では育児や妻との乳がん闘病記を描き注目を集める。その他連載も多数。 主な著作物に「コミックエッセイ ちびといつまでも -ママの乳がんとパパのお弁当と桜の季節-」(GB出版)、「おもしろくて、役に立たない!? へんてこりんな宇宙図鑑」(キノブックス)、などがある。ホームページ

がん告知の場面に同席しなかったことは、
今でも大きな心残り

奥さまの乳がん発覚、きっかけはなんでしたか?

最初に妻の胸に異変があるとわかったのは、5年前のクリスマスの頃。末っ子への授乳中に妻自身がしこりを見つけ、僕に相談をしてきました。
触れてみると確かにしこりのようなものがある。だけどそれは以前に乳腺炎になった箇所と同じでもあり、夫婦ともにそれほど深くは考えていませんでした。

病院へはすぐに行かれたのですか?

はい。大丈夫だろうとは思うけど、万が一があるといけないと、すぐにかかりつけの産婦人科クリニックを受診しました。その後、検査や病院の変更を繰り返し、結局約4ヶ月後に「ステージIII Cの浸潤性乳管がん」であると発覚しました。

告知の場に同席されなかったことを後悔していると、マンガで拝見しました。

そうですね。自分が死の可能性のある病と告げられる、その不安は計り知れなかったと思います。実際、彼女は頭が真っ白になり、その時の状況はほとんど記憶にないと言っていました。そんな時に隣にいてあげられなかったことはとても心残りですね。また、ふたりでいれば先生にもっと多くの質問をすることもできたと思います。当事者ひとりがすべての質問をして帰ってくるのは難しいですから、そうした意味でもやはり結果がわかる日には夫婦揃って病院へ行くべきだったと反省しています。

がんを疑うのであれば、
すぐに設備と知識、技術が整った病院へ

最初の受診から診断の確定まで約4ヶ月も要されたんですね。

妻が最初に受診をしたのは、地元の産婦人科クリニック。我が家の子どもたち三人の出産もそこで行っており、「とりあえず相談してみようか」という軽い気持ちで選びました。ところがそこはお産の実績はあるものの、乳腺外科医が常駐しておらず、検査結果が出るまでに時間がかかってしまいました。早期発見が治療のカギになる病なので、僕たちのように乳がんを疑うのであれば、乳腺外科の専門医がおり、乳がん検査の設備がしっかりと整った「ブレストクリニック」などで早く受診するべきだと痛感しました。

病院選びはインターネットでされていたんですか?

最初はそうですね。しかし、病院選びはインターネットに頼りすぎないほうがいいと思います。後になってわかったのですが、病院の比較サイトなどは、病院にとって不都合な情報を意図的に隠している場合があります。インターネット時代の今ですが、こんな時こそ親しい人、信頼できる人の声を頼りにすべき。妻が最終的にお世話になることにした病院も、実姉のアドバイスがなければ出会えていませんでしたし、そのことにとても感謝をしています。

妻を支える僕を支える、
長男の存在

妻であり、母である人が乳がんになる。それはとても大きなことですよね。

本当に乳がんは当事者だけでなく、家族全員の病だと思います。子どもたちにとって母親って唯一無二の存在ですし、僕にしても家事の大部分をそれまで甘えてきたところもあります。そんな彼女が闘病することになるわけですから、影響は計り知れません。乳がん治療が落ち着くまでの一年半、あの頃の状況がもっと長く続けば、僕自身の精神状態も含めて家族のバランスが壊れていたかもしれません。

やはり支える側の負担も大きいんですね。

当事者である妻が一番悩み、頑張っていたと思います。だからこそ僕は決してネガティブなことは言わないように心がけていました。だけどやっぱり薬の副作用で苦しむ姿を見るのは辛いですし、僕自身も家事に、育児に、自分の仕事もやらなきゃいけない。今思えば、よく乗り越えることができましたね。

当時、柏原昇店さんを支えていたものって、なんだったんですか?

長男の存在が大きいです。当時はまだ9歳でしたけど、子どもたちの中で一番繊細で、気がつくのが彼。妻の異変も早くに察知して、「ママって、がんなの?」って聞いてきたり。そういう性格だから彼だけには治療の経過や状況を逐一報告していましたし、男ふたりで話し合って、時には僕の方が励ましてもらったり。そんな存在がいたことは、とても心強かったですね。もちろん、他の子どもたちも自分たちなりにできることはしてくれていました。普段は神頼みなんてしないのに、今回ばかりは家族みんなで何度も神社にお参りに行くなど、今では良い思い出になっていることもたくさんあります。

マンガを通して、
乳がんと闘う人にエールを

そんな奥さまの闘病記やご家族の日常を、ブログマンガとして早くから公表されていらっしゃいますね。

若くして乳がんになって亡くなった人、無事に日常を取り戻せた人。ニュースや情報としては、やはり前者の方がショッキングですし、話題になると思うんですよね。だけど、その一方で妻のようにステージIII Cから日常生活を送れるまでに回復できた人もいる。同じように乳がんになった人が、暗い話題だけじゃなく、明るい話題にも触れてもらえるように、筆を取ることにしました。

当事者ではなく、そばで支える人の目線で描かれているのも新鮮ですね。

抗がん剤治療の副作用のひとつに、記憶力が低下する「ケモブレイン」というものがあります。妻も抗がん剤治療の間のことは記憶が曖昧になっている部分が多いので、そばで見ていた僕だからこそ描けることがあると思っています。

治療中の生活のことも詳しく描かれていて、とても勉強になりました。

がんは決して珍しい病気ではないのに、家族や自分がなってみないとわからないことってたくさんありますよね。妻は抗がん剤治療を受けた直後から三日は副作用の影響がきつく動けなかったのですが、四日目からはとても活発に行動できるようになりました。また、妻の場合、手術以外は入院せずに通院だけで治療ができたので、そういった乳がん治療の実際を知ってもらうきっかけを作ることも、マンガを描こうと思った理由のひとつですね。

前向きになれる情報に触れて
自分の治療に集中を

最後に、読者へのメッセージをお願いします!

がんは必ず克服できる病気、とは決して言えません。ステージIII Cから回復できた妻は、とても幸運だったのかもしれません。しかし、医学の進歩は早く、新しい薬剤の開発もめまぐるしく進んでいます。がんと宣告された時、生存率や予後を気にする方が多いと思います。だけど今、簡単に手に入る統計は古い薬剤を使って治療された方のデータで、最新の治療成績とは一致していないケースも少なくありません。だからそういった情報にあまり左右されず、ご自身の治療に集中するのが良いと思います。
また、悪いことを考えていては、きっと良い結果に結びつきません。僕のマンガでも良いですし、ご自身が前向きになれる情報を仕入れて闘ってもらえれば嬉しいですね。
そして、乳がんは早期発見なら助かる確率がぐんと高くなる病気。怖がらずに検診に行ってください。

ちなみにパートナーにアドバイスは......?。

一番不安なのは当事者なので、しっかりとサポートをしてあげてください。それに女性はこういう時、恐ろしいくらいパートナーのことを観察しています(笑)。パートナーの皆さんは自分の真価を問われますから、絶対に油断しちゃダメですよ(笑)!