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妄想本棚 第5回「ローザ・パークス」

ブックディレクター・幅 允孝さんが「誰か」の本棚を激しく妄想。仮想本棚の中から何冊かを紹介します。

 テニス全米オープンで大坂なおみ選手が決勝まで続けた7枚のマスクのメッセージ。警察や白人の過度な暴力によって犠牲となった黒人たちの名を記した黒いマスクを着けて試合に臨んだ彼女は「アスリートである前に、一人の黒人女性である」という自己のアイデンティティを世界に示し、堂々と大会に勝利。その姿は多くの人の心に残りました。優勝インタビューでの逆質問「あなたは(私の行動から)何を感じましたか?」という問いも含めて。
 そんな彼女の姿勢を見ていて、どうしても思い出さずにいられなかったのが、公民権運動の母と呼ばれるローザ・パークスです。今回の「妄想本棚」はそんな彼女の本棚を時代を超越しながらイメージしてみたいと思います。
 1913年にアラバマ州で生まれたローザ・パークス。彼女はアラバマの州都モンゴメリーの百貨店で裁縫の仕事をしていましたが、1955年12月1日18時頃、帰路の市営バスで白人に席を譲らなかったため逮捕されました。南北戦争後に奴隷身分から解放されていた黒人たちでしたが、アメリカ南部諸州では「分離しても平等」という巧妙な法解釈によって社会生活のあらゆる面で法律・制度上の差別に服さなくてはならなかったのです。ゆえ、バスの座席に関しても白人席が足りなくなれば、黒人たちは当然のように立たなくてはならないルールでした。ところが、その日のローザ・パークスは、頑なに席を譲ることを拒みました。運転手の「動かなければ、警察を呼ぶぞ」という声に対しても、「立つ必要を感じません」と応え毅然と対応した彼女の態度は、同じ人間で同じ料金を払っているのに「すべてが白人ファースト」という決まりに抗いたいという固い意志の表れでした。
 その後、ローザ・パークスの抗議は、マーティン・ルーサー・キング牧師がモンゴメリー改善協会の代表としてバス・ボイコット運動を指揮したことから大きなうねりとなり1963年のワシントン大行進へと繋がっていきます。その時代の流れと闘いの真相を知る上で必読のマンガ作品が『MARCH』でしょう。この作品は、アメリカの連邦議会下院議員を長く務めた黒人議員ジョン・ルイスを主人公としながら公民権運動の歴史を俯瞰する本です。

MARCH 『MARCH』 ジョン・ルイス(著)、アンドリュー・アイディン(著)、ネイト・パウエル(画)、押野 素子(訳)岩波書店

 1940年生まれのルイスは、生まれ故郷からわずか80kmしか離れていないモンゴメリーでの運動を15歳の時に経験します。この作品は2009年1月のオバマ大統領就任式の時点から1965年3月7日にアラバマ州セルマで起こった「血の日曜日」事件に至るまでの公民権運動を丹念に振り返るものですが、非暴力を掲げながら彼らがどのように権利を獲得しようとしたのかを、公平な視点で理解することができます。つまり、運動も決して一枚岩では無かったことや、南部の白人たちが極端に残忍で暴力的だったわけでもなく、生まれた時から目の前にあった「当たり前」の流儀を壊したくない一心だった背景も浮かびあがってくるのです。
 同じように、トニ・モリスンの小説『青い眼がほしい』も善悪で語られがちな人種差別の問題を、その奥にある多様な原因と共に味わえる作品です。ピコーラという11歳の黒人の少女は白人の容貌に憧れ、青い眼さえ手に入れば自身は愛されるという強迫観念を抱いています。その無邪気さを蹂躙する悲劇に彼女は見舞われてしまうのですが、そんな彼女を不幸にしている本当の原因に光を当てようとする点が、本書をオプラ・ウィンフリーが絶賛する理由でしょう。ピコーラを虐げる人間は、なぜそのように生きざるを得なかったのか? そして、なぜ彼女は自身を肯定する心を持てなかったのか? その源を探ることが、世界に存在し続ける差別の根幹を理解することに繋がるはずです。
青い眼がほしい 『青い眼がほしい』トニ・モリスン(著)、大社 淑子(訳) 早川書房 

 そして、最後に紹介する本は、ガーナ移民の息子として1991年に生まれたナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー初の邦訳小説『フライデー・ブラック』です。「Anything you Imagine you possess. 心に描くものは、すべて君のもの」という、ケンドリック・ラマーのリリックの引用から始まる短編集は、黒人たちが晒されてきた暴力と格差と不条理について新しい世代から描くもの。著者のブレニヤーは、2012年に起こったトレイヴォン・マーティン射殺事件こそ、ずっと続いている差別の問題を実感するきっかけになったと書いていますが、実は1997年生まれの大坂なおみ選手も全米オープン4回戦でトレヴォン・マーティンの名を刻んだマスクを着け「私は数年間フード付きパーカーを着なかった。"不審な人"に思われたくなかったから」というコメントも残しています。
フライデー・ブラック 『フライデー・ブラック』ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー(著)、押野 素子(訳)駒草出版

 ブレニヤー作品の特徴は、そんな悲劇的な事件をモチーフにしながらも、独特の世界観づくりやユーモアという想像の力で弱き立場の痛みや声を届けようとする姿勢にあります。そんな新しい手法での反抗を、きっとローザ・パークスも心強く思っているに違いありません。


幅允孝

幅允孝
有限会社BACH(バッハ)代表。ブックディレクター
人と本の距離を縮めるため、公共図書館や病院、動物園、学校、ホテル、オフィスなど様々な場所でライブラリーの制作をしている。最近の仕事として札幌市図書・情報館の立ち上げや、ロンドン、サンパウロ、ロサンゼルスのJAPAN HOUSEなど。近年は本をリソースにした企画・編集の仕事も多く手掛け、JFLのサッカーチーム「奈良クラブ」のクリエイティブディレクターを務めている。早稲田大学文化構想学部、愛知県立芸術大学デザイン学部非常勤講師。
Instagram: @yoshitaka_haba

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