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妄想本棚 第10回「ミーガン・ラピノー」

ブックディレクター・幅 允孝さんが「誰か」の本棚を激しく妄想。仮想本棚の中から何冊かを紹介します。

 誰かの家にある本棚に並ぶ本を勝手に妄想してしまおうという「妄想本棚」の第8回目。今回とりあげるのは、アメリカの女子サッカー選手 ミーガン・ラピノーの本棚です。
2回のFIFA女子ワールドカップ制覇とオリンピックでの優勝も果たし、2019年には世界最高の選手に贈られる栄誉バロン・ドールをも獲得したラピノー。そんな彼女は一流のアスリートであると同時に、ピッチ外でもジェンダーや人種における差別に抗議し、男女の賃金格差の是正を米国サッカー連盟に訴え、トランプ大統領とはSNSを通じて舌戦を繰り広げる、闘い続ける人なのです。
 なかでも2019年のW杯優勝の凱旋パレード後にニューヨーク市庁舎前でラピノーが行ったスピーチは、切実且つ軽快。サッカーファンだけでなく、分断が進む世界に対して何ができるのか? を悶々と日々考えるあらゆる人に届くものでした。
 「私たちのチームにはピンクの髪や紫の髪、タトゥーしてる子、ドレッドヘアの子、白人、黒人、そのほかの人種の人たち、いろんな人がいる。ストレートの女の子、ゲイの女の子も。ねえ!」と始まった彼女の話。自身が同性愛者だとカミングアウトしているラピノーですが、彼女のメッセージはジェンダーやセクシャリティの話に限定しません。小さき声に耳を傾け、意見の異なる者に対してどう対峙するべきか、そして家族に対する愛と同じようにあらゆる他者に対する愛を責任を持ってどう伝えるべきかを真摯に訴えます。


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『グロリア・スタイネム (信念は社会を変えた!5) 』 ジェフ・ブラックウェル&ルース・ホブディ (編集)、橋本 恵 (翻訳) あすなろ書房

 そんなラピノーが尊敬するアクティビストの1人として、グロリア・スタイネムがいます。あすなろ社が発行する「信念は社会を変えた」シリーズの第5弾『グロリア・スタイネム』で、彼女の来歴とメッセージの大枠を掴んでみましょう。女性の性を商品化するプレイボーイクラブに自ら応募して潜入した彼女は、バニーガールとして働く同僚へのインタビューや舞台裏での経験をまとめた『A Bunny's Tale』で注目を集め、1972年には女性による女性のための雑誌「ミズ」を創刊します。以来、88歳を迎える今でもフェミニズム運動の活動家として発信を続けていますが、ラピノーの積極的行動主義にはスタイネムのような先人が指針となっているはずです。

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『サザエさん 』 長谷川町子 朝日新聞出版

 さらにもう1冊を妄想するなら長谷川町子さんの漫画作品『サザエさん』などは如何でしょうか? 奇抜なファッションや感情的になることさえ隠さない赤裸々なラピノーの社会活動の後ろには、実は家族との強烈な絆があるからこそ可能になっている部分が多いのです。カリフォルニアのレディングで育ったラピノーを囲む、母デニーズ、父ジム、兄ブライアン、姉ジェニファー、二卵性双生児のレイチェル、そして叔母のシシー。それぞれが個性的で全然まとまらず、不協和音も多いくせに、なぜだか全幅の信頼と「最後には彼らが居る」という安心を感じさせるコミュニティとしての家族。まるで磯野家のようではありませんか。
 最近日本語訳が発売された『ミーガン・ラピノー自伝』を読んでもその辺りは明らかで、「おせっかいなアドバイス」ばかりする家族を茶化しながらも、そこからは溢れんばかりの愛が伝わってきます。強い意志を実行する強き人としてだけでなく、弱気になったり、凹んだり、挫折したりしても、ひたすら腕を大きく世界に広げポジティブに生きるラピノー。そんな彼女の生き方に触れると、明日の朝起きるモチベーションが変わってくるかもしれません。

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『ONE LIFE ミーガン・ラピノー自伝』 ミーガン・ラピノー(著)栗木さつき(訳) 海と月社


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幅允孝
有限会社BACH(バッハ)代表。ブックディレクター
人と本の距離を縮めるため、公共図書館や病院、動物園、学校、ホテル、オフィスなど様々な場所でライブラリーの制作をしている。最近の仕事として札幌市図書・情報館の立ち上げや、ロンドン、サンパウロ、ロサンゼルスのJAPAN HOUSEなど。近年は本をリソースにした企画・編集の仕事も多く手掛け、JFLのサッカーチーム「奈良クラブ」のクリエイティブディレクターを務めている。早稲田大学文化構想学部、愛知県立芸術大学デザイン学部非常勤講師。
Instagram: @yoshitaka_haba

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「妄想本棚」ブックディレクター・幅允孝が"誰か"の本棚を激しく妄想。仮想本棚の中から何冊かを紹介します。
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