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【知・情・意カフェ】

第3回「作家・澤田瞳子さんが語る伊藤若冲の生涯」

日時
2017年4月9日(日)
10:00~17:30
料金
5,400円(税込)
学べる美
社会の美
講師
澤田瞳子 [作家]
コーディネーター
山本由樹 [編集者・(株)編 代表]
講座形式
講義・フィールドワーク・ワークショップ
分野
文化,アート,生活
講座番号
16s006-003

澤田瞳子さんが2015年に上梓した小説『若冲』は、昨年の若冲生誕300年ブームにも乗って、ベストセラーとなりました。綿密な調査と作家の視点で浮き彫りにした若冲の生涯は、まさに小説という形式だから描けたものでした。
生誕300年に向けてさぞや緻密な出版計画があったのかと思いきや、
「連載開始当初はまだ若冲がブームではなかったんです。それどころか本を出すときに生誕300年に気づいたくらいで(笑)。でもブームが1年前倒しで来てくれたので、おかげさまで売れてくれました」

謎の多い若冲の生涯。果たしてどんな人物だったのか?
「若冲は京都の錦小路の升源という青物問屋の4代目。数えの40歳で隠居して、85歳で亡くなるまで絵師として生きた人です」
40歳で隠居と聞くと、ずいぶん若くして家督を譲ってしまったと思いますが、「この当時の40歳はほとんど初老だった」とのこと。確かに「人生50年」の時代では、40歳は人生を終え始める年齢だったのかもしれません。

謎の多い若冲の生涯ですが、澤田さんの解説によっていきいきと蘇ってきます。
「錦市場の危機を救ったという資料が出てきて、絵に没頭したオタクという認識が変わってきたんです。最近では若冲はとても熱い男だったという認識になってきています。江戸のキャリア役人とのコネクションもあったらしく、人脈が豊かでしたたかな若冲像も見えてきます」

「『蕉斎筆記』という当時の随筆に、若冲の様子が描かれているんですが、石峰寺の門前で妹と妹の連れ子と3人で暮らしていると描かれているんです。妹とは誰? 義理の妹(弟の妻)には子供はいなかったと言われているんです。そこから想像を膨らませて、小説では『お志乃』という架空の妹を生み出しました。彼女の視点を通して、若冲の生涯を描いてみたかったんです」

午後はフィールドワークです。若冲の足跡をたどり、300年前に生きた若冲という人物を思い描きます。多くの受講生が、相国寺の承天閣美術館と石峰寺を回って来ました。石峰寺には若冲が晩年に作った五百羅漢像と若冲の墓があります。若冲の墓から見える京都盆地の町並みを、若冲も見ていたのかと思うと、時代を超えて蘇ってくるようです。

再びスタディホールに戻ってきて、それぞれの若冲について語り合います。若冲の生き方から得た学びを、それぞれの人生にも活かしていきたいとみなさんおっしゃっていました。

「若冲は18世紀の京都の象徴的な人物です。彼について知ることは京都という町とその文化を知ることでもあります」 そんな澤田さんの言葉を実感する講座でした。

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