vol.6-1 ビューティフルピープル デザイナー熊切秀典さん

コードを作って壊すこと - 熊切秀典と視る「ドレス・コード?展」前編

2019年8月9日から京都国立近代美術館で展覧会「ドレス・コード? ー着る人たちのゲーム」が開催されています。フランス革命期(1770-80年代)の衣装から2018年のヴェトモンのコレクションまで、約250年もの歴史の広がりを持った京都服飾文化研究財団(KCI)の収蔵する衣装作品を中心に、服を「着る」こと、そしてファッションが作り出す「視る」「視られる」という関係が様々な視点と方法で展示されています。

今回、この展覧会に出展もしているビューティフルピープルのデザイナー熊切秀典さんにお越しいただきました。前半は今回の展示のキュレーターでもあるKCIの石関亮さん案内のもと展覧会をご覧いただき、後半では、展覧会を見た感想をもとに、熊切さんのファッションの歴史やゲーム性、自身のファッション観などについて伺いました。





■ドレス・コードが存在するのはパーティよりも日常だ


石関:ファッションの展覧会はシルエットやアイテムの歴史、もしくはデザイナーやブランドに焦点を当てたものが多いと思うんです。でも今回の展示は、着る人がいないとそもそもファッションは成立しないよね? ということからスタートしています。服そのものだけじゃなく、アートやマンガを通じて人やキャラクターたちが服をどう扱ってきたのかということを見せています。着る服が職業やコミュニティ、趣味や思想、アティテュードまでを表現するように、私たちはある装いの人を「視る」ことでどんな人であるかを判断し、「視られる」ことによって自分がどんな人であるかを判断されています。お互いに何を読み取り、読み取らせようとするのか。もしくは読み取るというコードのやりとりから逸脱し、既存の文脈から逃れようとするのか。ファッションはただ服や流行のことを言うのではなく、まるでゲームのように着る人々同士無言で無数のやり取りが行われています。

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”ドレスコード”とタイトルにあるように、ファッションや着こなしは”コード”(約束やルール)があります。着る人だけでなく、デザイナーの場合はそれを崩していくというのがクリエティビティのありどころ。ルールを理解し、あえて誤読し、もしくはスルーすることでとんでもない発想でものづくりを行い、それが新しい次のルールとして受け入れられていく。それがファッションのおもしろいところだと思うんです。今回の「ドレス・コード?展」は、コードとそこからはみ出すことで生まれる可能性を一本筋として見せたいなと思っています。そのために13のテーマで展示を構成し、疑問文形式で書かれたテーマ文には、それぞれファッションが持つ役割や意味、コードを当てはめています。


00:裸で外を歩いてはいけない?
01:高貴なふるまいをしなければならない?
02:組織のルールを守らなければならない?
03:働かざる者、着るべからず?
04:生き残りをかけて闘わなければならない?
05:見極める目を持たねばならない?
06:教養は身につけなければならない?
07:服は意思を持って選ばなければならない?
08:他人の眼を気にしなければならない?
09:大人の言うことを聞いてはいけない?
10:誰もがファッショナブルである?
11:ファッションは終わりのないゲームである?
12:与えよ、さらば与えられん?




--------------------ドレスコードという言葉を聞いて、熊切さんは何を思いましたか。

熊切:僕ら作り手にとって、ドレスコードは壊していくためのものとして捉えています。





0.裸で外を歩いてはいけない?】


--------------------展示会場に入って最初に現れたのは、背を向けた裸の彫刻作品と山積みの服。

熊切:これはなんでしょう?

石関:最初のテーマは「裸で外を歩いては行けない?」です。当たり前と言えば当たり前ですが、服を着るということの根本は「裸であるかどうか」という問題でもあります。作品は、金属や新聞紙、木材、石、ロープなど工業製品を使って作品を制作したイタリアの芸術運動「アルテ・ポーヴェラ(貧しい芸術)」のアーティスト、ミケランジェロ・ピストレットのーぼろきれのヴィーナス―(1967年)です。裸体のヴィーナスが、服を選んでいるようにも見えます。裸でいること、あるいは服を着ることはどういうことなのかという投げかけから展覧会を始めています。

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【2.組織のルールは守らなければならない?】


石関:次はスーツです。20世紀初頭から約120年のスーツの歴史を並べています。時代時代でスーツのディテールが変化していることが見て取れます。イギリスで戦後ダンディの代名詞だったファッションデザイナー、バニー・ロジャーが着用したスーツも展示しています。彼のスーツは、ポール・スミスがバニー・ロジャーコレクションと称してリメイクしたスーツと並べています。

熊切:これ、かっこいいですね。でもオリジナルの仕立て服、再現の既製服という違いがはっきりわかりますね。

石関:そうです。オリジナルのバニー・ロジャーはビスポークです。他にも、ズートスーツと呼ばれる、1940年代、アメリカの黒人労働階級で流行ったスーツもあります。おそらく日本で初めての展示になると思います。ズートスーツはメンズファッションに影響を与えていて、80年代にMCハマーが着て流行ったサルエルや、日本では学ランの改造スタイルのひとつ、ボンタンにも繋がっていると思います。

熊切:時代の流れはラペルの幅とか、テクニカルな点でも気になりますね。とはいえコードは全部一緒なんだろうなと思いますね。並ぶとそれがわかりますね。

石関:ズートスーツは労働者階級のもので大きな布を使えなかったからか、布が所々切り替わっています。それが逆に味になっています。ファッション展でこれだけ多数のスーツを並べて見せることって今まであまりなかったですね。

石関:もうひとつスーツと並ぶのが学生の制服です。日本映画の中で70年頃から現代までの学園モノに登場する制服に注目しました。学ラン、セーラー服からブレザーへというスタイルの変化と共に、ツッパリや不良という反抗から部活や恋愛ものへという学生の描かれ方の変化もありますね。

熊切:僕は74年の神奈川県厚木生まれなのですが、なかなかやんちゃなエリアでした。僕はやんちゃはしていませんでしたが、中学校は有名なドラマにもなったほど……。制服もボンタンは履かずストレートを履いていたんですが、むしろストレートは次にブームが来たブーツカットに近かったので流行りを先取っていたのかもしれない(笑)。





【1.高貴なふるまいをしなければならない?】




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石関:説明の順番が前後しますが、【1】は18世紀フランスの男女の宮廷服。漫画誌「グランドジャンプ」で連載している『イノサン Rouge』という18世紀フランスを舞台にした作品に、我々の収蔵品を着せるというコラボーレションをしました。18世紀の欧米では身分や階級が服装によっても分けられていました。現代は、私はこうなりたい、なろうという願望や欲望を服で表現することができますが、この当時はルールが違います。ちなみに女性服は織柄、男性は刺繍柄が多いですね。





3.働かざる者、着るべからず?】


石関:ここはファッションにおける労働がテーマのセクションで、ジーンズ、デニムなどを中心に展示しています。かつて労働着だったジーンズは、いまやそうした歴史的な文脈は後退し、ハイブランドが高級なデニム地で高級な商品を作り、それが売れる時代になっています。元々持っていた記号がなくなることで、デザインや着こなしの幅が広がり、新しいファッションのコードを作っていく。リーバイスの501からヒッピーのジーンズ、アズディン・アライアやコム デ ギャルソン ジュンヤ・ワタナベのドレス。デニム柄のプリントが施されたディオールの下着もあります。ちなみに、この下着は一時期ワコールが輸入販売していました。

熊切:アズディンの造形はすごいですね。僕らもビッグショルダーとボディーコンシャスの組み合わせをリサーチしている時、アライアに注目したんですが結局表現できませんでした。アライアは1点ごとの完成度が本当にすごい。技術というかアートっぽいというか、アライアは実際にモデルに服を着せて調整し作っていたのですが、やってみようと思っても同じようにはできませんでした。服を広げて見てみたいですね。


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石関:アーティストの作品では、青山 悟さんのアイロニー溢れた映像作品 《The Lonely Labourer》 があります。

熊切:この作品の”アイロニー”というのはどういう意味ですか?

石関:アーツ・アンド・クラフツで有名なウィリアム・モリスを取り上げた作品なのですが、彼は社会主義者でもありました。彼の書簡集の中に、これからの理想的な労働について書かれた箇所があり、その一節を抜き出しています。人間の価値の現れである労働についてのテキストを、AIの全自動ミシンで縫っていくというアイロニーが表現されています。

石関:労働をデザインの中で表現している例もあります。アシードンクラウドというブランドです。毎シーズン、架空の職業と物語を作り、それにふさわしい服をデザインしていくという方法論をとっています。労働と職業と生活というものの関係を、ファンタジーな世界観で表現しています。

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アシードンクラウド(玉井健太郎)
三宅瑠人によるイラスト 2013–19年 作家蔵
©京都服飾文化研究財団、福永一夫撮影


熊切:作っている側としては、コードを最初に決めるというのはそういうことだと思うんです。架空の、自分だけのコードを作るということですね。自分もそうで、最初に自分だけのルールを作ることもよくやります。このブランドは知らなかったのですが、とてもおもしろいですね。

石関:ファッションにおける労働やその搾取が最近話題になっています。夢やファンタジーを売るものであったファッションが、製作の現実がネットの情報などで明らかになり、消費者もそれに無知ではいられないということを、労働というテーマで感じとってもらえたらと。多少わかりにくいところがあるかもしれませんが、13個あるうちどれか1つでも深堀りして「着ること」について考えてもらえたらという思いもあって、全部のテーマを疑問文としているんです。






4.生き残りをかけて闘わなければならない?】


石関:軍服モチーフのセクションです。バーバリーを始めビューティフルピープルさんのトレンチコートもここで見ることができます。トレンチは”塹壕”という意味で、第一次世界大戦時に軍用の服として作られましたが、いまや軍服やミリタリーという意識を持って着ている人はかなり少ないと思います。ジーンズと同じで、本来の目的や意味が薄れていく中でルールを崩し、様々なデザインが展開されて新たなファッションとして成立していくわけです。


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--------------------ビューティフルピープルのトレンチを作る時も、リサーチはたくさんしたんですか?

熊切:パリコレ参加以前は、トレンチの最大公約数を探していました。美容整形の先生の話で、世の中の100人の女の子の平均値を出すとすごくかわいい顔ができるというのがあります。世にトレンチはいくらでもあるので、それを大量に集めて平均値を取ってみようと。僕らの定番となっているキッズトレンチはそうやって作りました。ただ今回出展しているトレンチは、パリコレ参加にあたって、それとは違うアプローチを取ろうと考えて、着物の直線裁断とトレンチコートを合わせることで新しいものにならないかという実験でした。

石関:ユニクロのJ.W.アンダーソンのトレンチは要素をギリギリまで削り、見方によってはトレンチではないとも言えます。何を残したらトレンチになるのか、ですね。

熊切:それが最大公約数を考えた時に思っていたことで、やはりストームフラップは残さなきゃとか。やっているうちにどこまでやっていいかわからなくなって、新しいものを作るはずが、新しくなく見えるものが新しいという視点で作ることになっていました。ライダースもそうでしたね。

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石関:素材についてはどうですか?

熊切:ツイルが大事で、アルティメイトピマという大正紡績のいいコットンをツイルで使っています。普通のトレンチは先染めで縦の糸と横の糸を変えて編んでいくのですが、僕らは後染めなんです。先染めはその後表面を加工するからですが、後染めすることで元々持っていた役割から外れるという意味も意識していました。オーセンティックを意識して、その逆に向かうという。

石関:なるほど。キッズサイズから始められましたよね? それもおもしろいなと。

熊切:人と違うことをという思いで始めて、キッズから作ったんです。それを大人の女性も着れるものにするには、アームのパターンとしてピヴォットスリーブという猟銃を構えるための可動域の広いものを採用して、バストと袖下が繋がっているのでバストの寸法も曖昧にすることで、大人も子どもも着れるものになっています。そうやって作った「キッズライダース」と「キッズトレンチ」でデビューしたんです。120〜190という子ども服のサイズでやっているんですが、時代で売れるサイズが変わるんです。デビューの頃は小さいもの、ビッグシルエットが流行った頃は160、170が売れて、いままた小さいものに戻ってきています。





5.見極める眼を持たねばならない?】


石関:ここではブランドなどのロゴを取り上げています。ブランドがロゴを使い始めた当初は、コピー品ではないことを示したりするものだったのが、いまはグラフィックの要素として使われるようになってきました。機能性よりデザイン性、その象徴的なものがヴィトンとシュプリームがコラボレーションしたバッグです。ヴィトンの定番にシュプリームのロゴが載っただけ、シュプリームのロゴも、資本主義や消費社会に対する作品で知られるバーバラ・クルーガーが使った書体「フーツラ」からの影響も見えてきます。単純にロゴがブランドを示すものでは済まないよねと。

熊切:このヴィトンのバッグは借り物ではなく、KCI所蔵品なんですか?

石関:買いました……。

熊切:すごい。買えたんですね。

石関:なかなか大変でした(笑)

熊切:KCIの名誉キュレーターである深井 晃子さんが、僕らの服を買いに来くれた時はすごいうれしかったですね。ついに買ってくれるんだと。





【6:教養は身につけなければならない?】



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石関:このセクションでいう教養はアートと置き換えて考えてください。冒頭のアンディ・ウォーホルの作品《キャンベル・スープ》とユニクロのウォーホルTシャツの関係がわかりやすいのではないでしょうか。メインは2018年AWのコム デ ギャルソンです。

--------------------熊切さんはコム デ ギャルソン出身者として、ギャルソンの服を見ると気づくことなどはありますか?



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コム デ ギャルソン(川久保玲)2018年春夏
京都服飾文化研究財団所蔵、畠山崇撮影


熊切:自分がパターン出身だというのもあって、パタンナーさんの遊び心が反映されている服のおもしろさが見えますね。展示されているものは絵に目がいきますけど、パターンもおもしろいんですよね。

石関:西洋絵画のアルチンボルドに日本の漫画の高橋真琴、雪村の水墨画と、アートとしては違うジャンルだけれど、服に転写することで等価なものとして見えてくる。マチエールの違いを同じ布の上で見せるということの意味もありますね。





7:服は意思を持って選ばなければならない?】


石関:1920年代のシャネルスーツのプロトタイプを見ることができるセクションは、「服は意思を持って選ばなければならない?」です。
シャネルは戦前から社会に出て活躍した女性で、意思を持って服を作り、自分が着たい服を着るという人でした。そうした強い意思から生み出されたシャネルスーツですが、時代が進むとどんどんとステレオタイプ化していきます。シャネルがスーツに込めていた意思が、普及していくにしたがって、着る人と意思の関係は曖昧になっているのではないか、という皮肉も少し込めています。シャネルスーツはデザイナーの創造性も刺激します。
シャネルの後をついだ継いだカール・ラガーフェルドはもちろん、ヨウジヤマモトの作品や、最新はヴェトモンが「ステレオタイプ」と題するコレクションで発表した「ミスNo.5」というタイトルのシャネル風スーツが象徴的かもしれません。

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シャネル(ガブリエル・シャネル)

1966年頃(左)1969年頃(右)
京都服飾文化研究財団所蔵、畠山崇撮影。
ニュー ヨーク州立ファッション工科大学寄贈(右)

石関:スーツと並んでシャネルの象徴といえるもるのがリトル・ブラック・ドレスです。これは20年代のものです。黒のシックな服ですが、黒のドレスがシックでファッショナナブルなものとして結びつくのはここからです。シャネルは服のつくりもとてもおもしろくて、同時代のヴィオネと比べると、ヴィオネは一枚の布を着せてバイアスを使いながらドレープ感を出していくんですが、シャネルは布をたくさん裁断し、それを組み合わせて作っていく。

熊切:ヴィオネだとこのスカラップカットはドレープだすために使うんですけど、シャネルは逆で、ただ装飾的なカットで平面的にスカラップを使っているというのはおもしろいですね。ヴィオネがやっていることがシャネルにはピンとこなかったんでしょうね。


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8:他人の眼を気にしなければならない?】

石関:オランダの美術家ハンス・エイケルブームによる大量のストリートスナップの作品です。ひとつのフレームの中に同じテーマ、モチーフ、スタイルの人が集められています。同じショッパーを持っている人、ヴィトンのコンパクトなショルダーバッグを持っている人など……。面白いのは、その人たちがすべて同じ日同じ場所で数時間のうちに撮られたということです。ファッションは個性の表現だよと言われますけど、実際街なかには同じような装いをしている人はたくさんいます。ユーモアのある皮肉と批評性が込められた作品ですね。スーツや迷彩、トレンチ、タータンとか、今回の展覧会でモチーフにしているアイテムや柄を、こっそりこのシリーズの中のトピックとして入れています。日本でも撮影しているんですよね。ギャル男とか。

--------------------ギャル男は服装や持ち物の共通点ではなく、共通の美意識で括られているのはこのシリーズの中では珍しいですね。

熊切:この作品欲しいなあ。

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石関:服装や仕草からこの人はこんな人という先入観やイメージで人を見るということがありますよね。
ファッションにおいてもそれを戦略的に使って、こう思われたいからこれを着るとか、こう思われたくないからこっちを選ぶというやり方もある。装うだけじゃなくて、見るとか見られるということを通じてファッションを楽しんでいる。あるいは距離をおいていくという人もいます。
この展覧会全体に流れる大きなテーマのひとつですね。





9:大人の言うことを聞いてはいけない?】


石関:パンクにおけるタータンやライダースのように反抗的なイメージの装いです。大人に対する反体制的なものとして使われるモチーフ。章タイトルのところにあるパンツが、パンクの女王、70年代のヴィヴィアン・ウエストウッドがセディショナリーズというブランド名でデザインしたパンツです。その後、ジーンズや迷彩と一緒で、そもそもの役割やイメージがなくなって、新たなバリエーションが展開していきます。ビューティフルピープルもライダースとトレンチを融合させたものを作られましたよね?

熊切:公約数に飽きてきたので公倍数的なものとして、最近違う種類の服をミックスするということをやり始めていて。

石関:ベーシックなものとベーシックなものを合わせるのがおもしろいなと思って。ベーシック同士の方がディテールが象徴的なだけにその要素が入っているというのがわかりやすいですよね。

熊切:ありがとうございます。まだ公倍数的な考え方についてそんなに詰めていないので、引き続きがんばります(笑)。





【10:誰もがファッショナブルである?】



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石関:KCI所蔵のハイブランドからドメスティックブランドまで、さまざまな要素をデザインやスタイリングでミックスして提案された服と、写真家/編集者の都築響一さん編集の突き抜けた人々の装いについて取り上げています。ブランドの作品で象徴的なのはグッチで、ニューヨーク・ヤンキースなどのメジャーリーグのロゴからカトリック教会の刺繍、日本の漫画まで様々な引用をしています。ハイブランドのデザイナーの特徴としてアイテムをミックスさせることでスタイルとしてインパクトのあるものを見せる。でも実際買う時、普通はアイテム単体で買いますよね。
パーツアイテムごとにはウェアラブルですが、スタイリングして全体像として提示する際には非常にインパクトを付けるという見せ方がよく見られます。他にも、90年代あたりから古着と新品の服を等価で合わせることが普通のことになっていきますが、それを先駆的に知的に行った装いの象徴としてマルジェラがあります。これらの作品を見ていくと、かつてのようにハイブランド発信でトレンドが広まっていく形から、ストリートに見られるトレンドや個性的なファッションをブランドが吸い上げることも起きるという風に変遷している様子が見えてきます。
都築さんのパートも“個”の装いなんですよね。もしかしたら、この中から将来のトレンドの型になるものがあるかもしれないと思って見てみてほしいですね。





12:与えよ、さらば与えられん?】


石関:劇団のチェルフィッチュによる、映像演劇と言われる作品だけで構成したセクションです。スクリーンに裏から投影された人物たちがいて、観ている側からはスクリーン裏に実際にいるかのように見えます。ぼんやりと映る登場人物たちは「服をください」など服にまつわるセリフをこちらに投げかけてきます。この展覧会で、ここまで様々な服について観てきたフロアの最後で、この作品を観ながら、改めて服とは何かを考える時間にしてほしいと思っています。





【11:ファッションは終わりのないゲームである?】




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石関:フロアを変えて最後のテーマです。ヴェトモンの2017年AWの「ステレオタイプ」というコレクションの映像です。”用心棒”や”パリジェンヌ””ブローカー”など、日常的に目にする職業や一般的な名称で呼ばれる人達の服装をスタイリングで表現したユニークなコレクションです。もうひとつは、マームとジプシーという劇団のインスタレーションです《ひびのAtoZ》というタイトルで26人の1日を写真とテキストで紹介するという作品です。寝起き姿のチャプター1とその人たちが寝る時に持っている物を取り上げるチャプター2、最後はその人たちが外に着ていく服という構成です。ある人はどんなものを大事にして、どんな服を着るのかということを物語的に見せています。

熊切:僕らが9月30日23時30分(日本時間)にパリで発表する作品に近い要素があるので気になります。次のコレクションは、空の色の時間軸での移り変わりを一つの洋服で表現しようと思っていて。朝のパジャマ、昼間のデイドレス、夜のイブニングなど異なる用途の洋服を一つの洋服にまとめて、バインダーみたいに入れ替わる面白い構造を考えていて、一枚ひっくり返して、二枚ひっくり返して、バサッと変わる構造で3つの服が一緒になっています。その一枚一枚がシャンブレーのように影響し合い、レイヤードの順番で夕焼けのようなカラー、朝焼けのようなカラーと服の色も変わっていきます。

石関:最近やられている”サイドC”からの発展型ということですか?

熊切: そうですね。さらに発展させています。サイドCのテーマでコレクションを続けていて、次が3回目の発表になります。ビューティフルピープルが提案しているサイドCとは表と裏の間にもう一つの側面があるというコンセプトで、洋服の表と裏の間が袋状になっているという、目に見えない、意識されない部分を注目することで生れた、新しい仕立てや構造のアイデアです。

最後まで説明していただきながら観たからもありますが、すごく楽しい展示ですね。これまでのファッションの展示では味わえない楽しさがありましたね。やはり着ている人が見えてこないとおもしろくない部分もあるんでしょうね。

【編集・執筆:山口博之(good and son)】

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後編へつづく





「ドレス・コード? ー着る人たちのゲーム」展


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熊切秀典
文化服装学院卒業後、コム・デ・ギャルソンにてパタンナーを経験。2004年に独立し、外注パターン会社を設立。2007年にともに文化服装学院の卒業生であり、それぞれ有名ブランドで経験を積んだ戸田昌良さん(パターン)、米タミオさん(企画生産)、若林祐介さん(営業・企画)との4人チームでビューティフルピープルをスタート。

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石関亮
京都大学大学院修士課程修了。2001年より京都服飾文化研究財団(KCI)に勤務。学芸課に所属し、2009年よりアソシエイト・キュレーター、2011年よりキュレーター。2015年、学芸課課長を兼務。「Fashion in Colors」「ラグジュアリー」「Future Beauty」等のファッション展の企画・運営に参画。研究誌『Fashion Talks...』編集、現代ファッションを担当。

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