服と人の心に寄り添うお仕事小説
さまざまな世代から人気を集め、今年、『しろがねの葉』(新潮社)で直木賞を受賞した小説家の千早茜さん。今回は、彼女の著作の中から、ワコールが活動を支援しているKCI(京都服飾文化研究財団)での取材をもとに書かれた『クローゼット』(新潮社/新潮文庫)をご紹介しましょう。この小説には、服飾美術館で働く補修士や学芸員たちの心の葛藤や成長が描かれ、文庫版には、著者とKCIキュレーター・筒井直子さんの対談『心と服の傷みと共に、この先へ』も収録されています。
主人公の一人は、デパートの婦人服売り場のカフェでアルバイトをする男性です。女性の服が好きな彼が、デパート内のイベントホールで、下着の歴史を紹介する特別展の準備作業を見かけて興味をひかれる―そんな冒頭から心をつかまれ、物語に引き込まれてしまいました。数々の歴史的な服飾品とともに、服を愛する人の思いに光をあてたこの小説は、固定観念にとらわれず自由に着ることを楽しみたい人に、希望と勇気を与えてくれるでしょう。
KCIの収 蔵品からインスピレーションを得た千早茜さんの小説は、KCIが発行している広報誌『服をめぐる』の「一人一品」という連載企画でも読むことができます。千早さんは5号では色とりどりの花を刺繍した18世紀のストマッカー(胸もとを覆う胸衣)を、17号では細かな意匠をほどこした18世紀の扇を選び、それぞれ『胸中』『扇の裏』という掌編小説に仕立て上げているのです。KCIのホームページでPDFが公開されているので、ぜひご一読を!
この2つの物語はつながっており、あたかも18世紀の舞踏会や恋の遊戯が目の前で繰り広げられているかのよう。優れた描写力によって、その時代を生きた人々の姿に息が吹き込まれると、収蔵品を見る目も変わってくるから不思議です。洋服や装身具は、身につける人の記憶を美しく焼きつけることで、かけがえのない宝物になっていくのですね。あなたのクローゼットにも、それを見るだけで思い出をかきたてられるような宝物がありますか?
レースの歴史を継承する「Yue」のランジェリー
記憶 に残るものを長く着たいという気分が高まる中、目がとまったのは、まるで美術館のコレクションのような魅惑的なディテールを散りばめた「Yue(ユエ)」のアイテムでした。ジョーゼットのドレープが美しい24グループのロングキャミソールは、華やかさとモダニズムをミックスさせた逸品。バロック様式を思わせる優美なケミカルレースが胸もとを彩り、モダンな幾何学模様のリバーレースを組み合わせることでドラマティックな印象を高めています。
ファセットカットをほどこしたクリスタルが胸もとで輝くプッシュアップタイプのブラや、さらりとしたベンベルグ®混のベア天竺素材をバック部分に使用したショーツの造形美にも目を奪われますが、特筆すべきは、コーディネイトの楽しみが広がるガーターベルト。12世紀のヨーロッパで生まれたといわれるアイテムを、今、新鮮な気持ちで体験できる喜び―。未知の感触が、プライベートな変身願望を満たしてくれることは間違いありません。
また 、32グループのシフォンのワンピースは、襟元にケミカルアップリケ、首まわりにカットワークテクニックで美しく仕立てたエンブロイダリーレースがあしらわれ、デイドレスと呼びたい風格。長めのカフスにくるみボタンで仕上げたクラシカルなディテールにも気品があふれていますね。こんなドレスの下に、インケミカルレースのスカラップが特徴的なブラとTバックショーツを合わせたら、どれだけロマンティックな気分になれるでしょうか。
レースの歴史は古く、中世の貴族文化とともに装飾品として進化し、愛されてきました。手仕事の極みとしてのレースは、最高の贅沢品として衣服を飾ってきたのですね。快いつけごこちと共に、繊細なレースの多彩な表現を追求している「Yue」は、その魅力の奥深さを私たちに教えてくれます。細い糸の集まりが精緻なモチーフを浮かび上がらせるさまは魔法のようで、見えない部分にここまで美しい世界が凝縮されたランジェリーって、とても信頼できる心づよい存在だなと思うのです。
KCI(京都服飾文化研究財団)
https://www.kci.or.jp
Yue(ユエ)
https://www.yue-japan.com