定例研究会レポート

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『罹患体験から語る<乳癌>の意味』から ひろがるもの
2009年10月24日

『罹患体験から語る<乳癌>の意味』から ひろがるもの

10月24日(土)ワコール本社ビル2階会議室にて、47名の方にご参加いただき開催いたしました。

■講師 鈴木 淳子
 アーティスト / 女子美術大学 講師(メディア論、デザイン史)
 乳房文化研究会 運営委員 

■定例研究会レポート
アーティスト / 女子美術大学 講師(メディア論、デザイン史)
乳房文化研究会 運営委員 
講師 鈴木 淳子

10月24日の定例研究会は、大きなピンクリボンがファサードに掲げられたワコール本社の、美しい会議室で開催されました。
運営会議では10月のピンクリボン運動月間に因む内容の検討を重ね、運営委員の先生方の合意により、乳がん罹患に関する私のお話を1・2部で、第3部では北山先生、ご来場の皆様と私との対談の形式で構成することになりました。
サプライズ企画として、運営委員の河田光博先生の、世界的権威である英国内分泌学会国際賞受賞のご報告・特別講演がこの日の冒頭に組まれました。
河田先生のご講演は、ヒトや哺乳類の性行動などに強く関与する脳とホルモンの特殊な関わりによる機序のご説明と、それらのホルモンが特異的に作用する受容体を持つ細胞の位置などによる雌雄差の特徴の発見を、非常に鮮やかに明晰に示された素晴らしいご研究内容でした。
受講された方の感想文の中には、そのご講演への賛辞がまずあり、私の乳癌の話との繋がりを共通項のホルモンに捉えた方もありました。
当日のお話の概要を、参加された方々の感想文から紹介させていただきたいと思います。
「ホルモンの専門的な話からリアルな体験談、身体に対する考え方、芸術といろいろな考え方がすべて絡まりあっているような、私が考えるものとはまた観点の違う視点から乳癌を見る機会になりました。」「40代の同性としてリプロダクティブヘルス、親とのつながり、植物の恩恵、女性としての身体など、リンクする部分がたくさんありました。」
また、心の深いところから語られる心情を書いて下さった方が多く、感涙せずには読むことが出来ない琴線に触れる内容ばかりで、合意を頂ければ全文をご紹介したい程貴重です。
「同じような体験をした母は全く語ってくれなかった......(母を)受け入れるきっかけになりました。」
「僕は今のところ乳癌ではないのですが彼女が患っています。今日は二人で来ました。......今後もずっと頑張ってください!!僕も頑張ります!!」彼女と一緒に頑張りましょう!!
「......(実体験の記録を)伝えていく事、そしてそれを聞いて私たちが感動したり何かを感じる事で、何かが広がっていく......すごい事だと思いました。ガンということが特別なことではないような、そんな感覚を覚えました。」「多くの悩める女性にメッセージが届くといいなと思いました。」
お話をするにあたり、「弱さや痛みをを受け止める社会を!」と訴えたい気持ちがありましたが、既にその用意のある方は予想以上に多くいらっしゃることを悟りました。この研究会だからこそ実現したこの会に、皆様がとても寛容に優しく受け止めて下さいましたことを幸せに思います。
「患者サイドからの体験を......これほど分りやすくストレートな表現を聴いたのははじめて。」と書いて下さった医師の方、日常、乳癌診療に携わる方からのとてもポジティヴな感想文も頂き、また、「乳癌は身近であり......おっしゃっていた(患者や一般人も)画像を読む経験などが出来ればと思います。」というコメントもありました。
例えば、医療用画像の読み方講座や罹患者や家族の心理的なケアの仕方、医療倫理など、医療そのものを提供者と患者や一般市民双方から、一緒に考え作っていくことができたら、と思います。......試み始めませんか、ご一緒に!
「作品の中に秘められた思いは、癌のサバイバーとして、非常に共感する面がありました。......病気になると、哲学者になれると思います。」という深い含蓄あるお言葉も頂きました。
腫瘍の定義は「一個の細胞の異常増殖によって、宿主(患者)側のコントロールの効かないままに増大する塊状の構造物を作り出す病態のこと」これは、自分なりに罹患体験を昇華する為に治療家を目指して私が今学んでいる東洋医学の一環で病理学のテキストに記された一文です。
そしてはじめに正常な細胞を変化させるイニシエーターである発癌因子は実に多様です。
ヒトの身体は、脳のような中枢の司令塔が絶対的にコントロールしているようなイメージを私は持っていましたが、腫瘍やホルモン、ウィルスなどには脳を経由せずに直接細胞の遺伝子を書き換えてしまうものがあることを知り、衝撃を受けると共に非常に興味をかきたてられました。
これはまた、生物学の中心原理の転覆や、哲学の「中心」という概念からの離脱、現在目のあたりにしている資本主義の中枢国家やシステムの崩壊などと非常に重なるものではないでしょうか。ヒトの身体の中には人間社会のシステムも垣間見られるかの様で、病や医療の領域を超えて考えを刺激されます。
癌化する可能性のある細胞や因子は常に誰の身体にもあります。これは人類史上初めて「病を得なが長寿」という世紀を迎えたこの時代の生のあり方を、病を社会や個人の人生の暗部として覆い隠すことなく、病と健康の境界の曖昧さから考察するための最適なテーマのひとつだと思います。
また、癌自体が放出するホルモンによって男性の乳房を女性化させ、乳汁分泌まで発現するケースもある乳癌は、男女の性差の境界線を引きなおして考える際にも非常に興味深いテーマになることでしょう。
今回皆様とお話させていただきながら、考えを発展させ、新たな輪郭を与えれられる気付きがございましたことを大変光栄に存じております。(講演詳細は、2010年6月発行『2009年度講演録』をご参照下さいませ。)
最後になりましたが、ご来場の皆様とこの機会に導いてくださいました河田先生、乳房文化研究会の先生方、細やかにご協力下さいました事務方の皆様にあらためて御礼申し上げます。

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