定例研究会レポート

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会員研究会
日本の乳信仰
2023年1月28日(土)

<会員研究会>
コーディネーター:日置 智津子先生
              (近畿大学 法人本部社会連携推進センター 講師
              /(一社)自己生涯健康管理研究所 代表理事)

講演
1)「イチョウ巨樹の乳信仰と女性」
      児島 恭子
先生(元札幌学院大学 教授)

2)「日本の乳信仰を探る」
      奥 起久子
先生(小児科医、新生児科医)

パネルディスカッション
         児島先生 奥先生 日置先生 ご参加のみなさま 

「乳信仰」という文化に理解を深め、「乳信仰」が、どのように母乳育児文化に影響をあたえてきたのかを考える研究会を開催しました。

まず、「イチョウ巨樹の乳信仰と女性」というテーマで児島恭子先生に講演いただきました。「チチ」と呼ばれる気根が形成されるのがイチョウの特徴であり、生き残り戦略として傷ついた時にチチが伸びて幹になり樹木の周りを囲んで成長を続ける役割があり、チチが母乳の出をよくするという民間信仰があるそうです。中国や韓国でも子孫繁栄や長寿の象徴としてイチョウを信仰する考えはあるそうですが、母乳信仰については日本独自であり、イチョウの乳信仰がなぜ広まり、どのように広まったのかを各地の神社等の事例を紹介し説明いただきました。祈願の方法も様々で、さらしの袋にお米を詰めて乳房の形を作って奉納したり、陶器の乳房模型に祈願したり、樹皮を削ったり、巫女のような女性宗教者が関与したりなど、その地方ごとに様々な方法で信仰が行われており、赤ん坊に十分な栄養を与えて育てることが集団存続のために必要だったこと、それが江戸時代から近代にかけて、家の継承者を生み育てるプレッシャーとなって母親にのしかかってきたということをお話いただきました。現代は気候変動等によって巨樹の枯死が増え、また、信仰そのものが風化してイチョウ巨樹の乳信仰が廃れたり、一部、観光化したりしており、それを継承していくか文化の問題であるとのことでした。

次に「日本の乳信仰を探る」というテーマで奥起久子先生に「乳信仰の定義と内容」「乳信仰場所の数・分布・対象」「多様な祈願方法」「乳信仰の位置付け」「乳信仰の推移」「今後の課題」について調査された結果を報告いただきました。乳信仰の中には「乳授け」だけでなく「乳預け」もあり、信仰場所は全国約600か所で地域差はあるが、対象は樹木が多く、その中でもイチョウが一番多いそうです。祈願方法も乳房を型取った絵馬を奉納したり、天鈿女命の半立体的な乳房の絵画を触って祈願したり、奪衣婆を祈願の対象にしたり、様々な祈願方法があること、その位置づけも個人的に密やかに隠れて行われていたり、お姑さんがお嫁さんを連れて祈願に来たり、講といった組織的に祈願したり、神社の行事として行われたり、様々だったそうです。乳信仰の推移としては、データが残っているのは江戸時代以降で、最も盛んだったのは大正から昭和初期であったこと、江戸時代から現代にかけての乳信仰の推移について影響した事柄として、1つは明治維新後の廃仏毀釈であり、2つめは第二次世界大戦、3つめに人工乳の普及があるのではないかとのことでした。自然消滅しているところが非常に多く、情報を収集するだけでなく、発信をしていくことが大事で、乳信仰の研究を通じて、乳信仰の存在の知名度を高めていく事が今後の課題とのことでした。

パネルディスカションでは、乳信仰の研究のきっかけや、母親だけが乳信仰をしたのか、「本当の乳の不足」と「乳の不足感」の違い、日本以外のアジアやヨーロッパでの乳信仰の有無、アイヌ文化の事、江戸から現代へ家族の変化との関係などが議論され、民俗学の面から乳房を通して各時代の女性を取り巻く課題が感じられる研究会でした。

(事務局長 岸本泰蔵)

 

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