ウジェニーのスミレ色を求めて
ワコールディアの展示会は、尽きることのない好奇心の迷宮のよう。訪れる人は新しい鍵を手にし、細部にちりばめられた仕掛けをヒントに、クリエイティブの謎に迫るのです。それは、想像力を刺激する贅沢な遊び。次はどんな物語で楽しませてくれるのだろうという期待が裏切られることはなく、見て触れるだけで十分なのに、美しさの理由を知りたくなってしまう。2019年春夏の新作に秘められていたのは「ウジェニー(EUGÉNIE)」というキーワードでした。
ウジェニーはフランスの皇后。ナポレオン3世の妻であった人です。パリに百貨店を設立する運動を通してデザイナーという職業を誕生させ、それまで貴婦人しか着用できなかったオートクチュールドレスを、庶民にも開かれたプレタポルテとして確立。現代に至るファッションの流れを大きく変えた第一人者といわれています。そんな彼女の知性や美意識を伝えるコレクション、それが今回のワコールディアなのです。
ウジェニーの肖像は、印象派の景色に溶け込むような優美な貴婦人の姿。その印象はやわらかく、可憐なスミレの花と色を愛したことで知られています。欧米ではヴァイオレット、ヴィオレット、ヴィオラとも発音されるスミレ色は、パープルといわれる赤みのある紫と比べると青みが強く、凛々しくて爽やかな色。ワコールディアが繊細なレースで表現した、美しいスミレ色とやさしいスミレの花が織りなす世界を、ぜひ体験してほしいなと思います。
透明感あふれるスミレ色のレースのコレクションは、1枚で着たときの肌映りの良さに加え、重ねることで意外な表情が生まれます。シンプルな白のキャミソールやワンピースと合わせたコーディネイトは、明るく清潔感のある印象に。レースという軽やかな素材なのに、堂々とした着こなしになるのは、ウジェニーの高貴な美意識が息づいているからでしょうか。チュールレースのコートは、春先にさらっと羽織ってみたいアイテムです。
自由になれるモードの力
黒地にプリント柄が映えるシリーズは、春の庭に咲く植物の、大地からわき立つ力強い生命力を表現。ロココ調のクラシカルなボタニカル柄を、モードにアレンジしたものなのです。この柄の魅力をダイレクトに楽しめるアイテムのほか、レースにプリントを施し、ホログラフィーのような不思議な効果が得られる逸品も。黒のインナーにチュールレースのコートを羽織れば、柄が部分的に浮かび上がり、光の加減で幻想的な表情を見せてくれます。
マルチカラーの花のアップリケが鮮やかなシリーズも、ウジェニーの知性と勇気のイメージから生まれたものだそう。草花を摘んだ花束や花輪、リボン柄などをモチーフにしたレースには愛らしさと気品が宿り、控え目なライトグレーが優美な雰囲気を醸します。単品で着てもドレスのような華やかさがありますが、シンプルなアイテムにカーディガンやスカートを重ねれば、さらに豊かな世界が広がっていくことは間違いありません。
ブラジャーやショーツなどの下着から、その上にまとうランジェリー、そしてパーティにふさわしいドレスまで、多彩なジャンルを網羅するワコールディアというブランド。しかしその境界はふんわりと曖昧で、すべてのアイテムに等しく価値があることが素晴らしいなと思います。コートやストールなどは、完全にアウターといえるカテゴリーですが、ワコールディアのそれらは繊細で美しすぎて、アウターという言葉が似合わないのです。
厚いコートを脱ぎ捨て、薄ものを重ねて着たい季節になりました。今春は、透明感のあるレースのアイテムを、まずひとつ。花びらのように脱いだり着たり、美しい所作でたおやかに変身してみてはいかがでしょうか。インナーとアウターに優先順位はないですし、あなたがまとう美しいものは、もはやあなた自身といっていい。クロークに預けないコートやストールの楽しみは、私たちをファッションのルールから解き放ってくれることでしょう。